38.かつて描いた幸せを君に

 自分の誕生日を認識してからのエリュは、幼子らしく遠慮がなかった。用意されたお菓子に手を伸ばし、ジュースに口をつける。巨大なケーキを切り分けてもらい、シェンと並んで椅子に座った。


 口々にお祝いをもらい、嬉しくて頬が緩みっぱなしだ。リリンやベリアルはもちろん、この場に駆け付けた者はエリュと親しい者に限られた。教師を務めるバフォメットがハープやピアノを演奏する。ダンスを踊る侍女が現れ、一緒に手を繋いでくるくる回った。


「楽しいね」


 エリュが笑うたび、花が咲くようだ。皇帝は貴族が集まる豪勢な夜会を開くのが通例だった。だが彼女の年齢なら、親しい家族と過ごす方が普通だ。夜会など開いても、エリュは眠ってしまうだろう。


「エリュ様、プレゼントです」


 先頭を切ったのはリリンだった。エリュが剣術を習い始めたため、短剣だった。宝石など飾りがついた鞘ではなく、シンプルで使い勝手の良い軽い物を選んだ。


「ありがとう」


 受け取って目を輝かせる。初めての自分専用の武器に、エリュは短剣の鞘ごと抱き締めた。次はベリアル。美しい羽根ペンとインクのセットを渡す。インクは数種類あり、瓶が並んだ小箱は宝石箱のようだった。


「うわぁ! ありがと」


 侍女達もエリュに似合うリボンや、美しい刺繍のされたハンカチなど。普段使いを中心に用意している。中には読み聞かせ用の絵本もあった。豪華すぎないプレゼントという、難しい課題をクリアした侍女や侍従、庭師が選んだ品を受け取るエリュは笑顔が絶えない。


 珍しい花を鉢植えで用意した庭師で一段落し、両手一杯のプレゼントを誇るエリュへ、シェンが差し出したのは本だった。


「僕からはこれ。おめでとう、エリュ。生まれてくれてありがとう」


 黄色いリボンがかかった本を受け取り、エリュは不思議そうに首を傾げた。すぐにリボンを解いて中を開ける。先ほどもらった絵本と同じように考えたのだろう。中を見て、動きが止まった。


「シェン、これ」


「エリュの両親、それからこっちは祖父で、これは祖母。僕が用意できる絵姿は、これで全部だよ」


 かつてシェンが描いた皇帝達の姿だ。長寿過ぎて見送るばかりのシェーシャが、その記憶を留めるために描いた友人達だった。アドラメレクとフルーレティは、この青宮殿で新婚を過ごした。まだ記憶も鮮明な二人の姿を、エリュは食い入るように見つめてから笑う。


「これがパパ、ママも」


 お礼を言って本を抱き締めるエリュは、その後も夕食が入らなくなるほどケーキを食べた。並んでどこまで食べられるか競ったシェンと引き分けて、パーティーはお開きとなる。


 お風呂に入ってベッドに潜り、もらったばかりの絵本を読んでもらう。目を閉じたエリュは、両親が描かれた本を枕元から離さなかった。肘をついて、眠った幼子の髪を撫でる。


「今度、ロケットに入る小さな絵を描いてあげるね」


 そうしたら持ち歩ける。優しい目の蛇神は、庇護する幼い皇帝の頬に触れるだけのキスをした。せめて夢の中で両親と会えるよう、願いを込めて。

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