35.最強の剣とその鞘の出会い
誰もアドラメレクが皇帝になると思わなかった。力は最強クラスでも、欲がなくて頭が空っぽ。それが一般的な評価で事実だった。
知恵も勉学で培う知識も、何もかも足りない。そう判断されたアドラメレクの不足を補う女性――フルーレティが現れるまでは。彼女がアドラメレクの求婚を受け入れたことで、環境は一変した。
知識はあり頭はいいが、武力に乏しかった吸血種は沸き立つ。皇帝の末息子アドラメレクを先頭に立て、次代皇帝の座を狙うよう仕向けた。ここで奮起しないのがアドラメレクだ。後継者が決まっておらず、チャンスだというのに断った。
「断ったの?」
首を傾げる幼子に頷く。お昼寝から起きたエリュは続きを強請り、シェンはそれに応えていた。最強のアドラメレクを剣とするなら、フルーレティは鞘だった。切れ味鋭過ぎて自らも切り刻むような男を、止められる唯一の存在だ。盾として表に立ち、アドラメレクを責める貴族を退けることもあった。
「ママは強かったのね」
二人の間に生まれた愛の結晶は、にっこりと笑う。すべてを肯定的に受け止め、素直で愛らしい。この部分に関しては、アドラメレクの正直さとフルーレティの愛らしさをつまみ食いした形か。
「君のママは皆に優しくて、パパは強いけどフルーレティには弱かった」
強いが故に、弱者を虐げない。うっかり殴ったら潰しそうで怖いと言い放つ、ある意味無神経な強者がドラゴンだった。皇帝候補筆頭に名を連ねながら、決定打はなく保留とされる。そんな中、事態は突然動いた。
先先代の皇帝暗殺未遂事件が起きる。アドラメレクの兄が、宮殿を襲ったのだ。それを退けたのがエリュの両親だった。押し寄せた数千の軍を混乱に陥れ分断するフルーレティの策略、圧倒的な力で叩き潰すアドラメレクの強さ。
「だから皇帝は、あの二人に跡を継がせた。エリュ、君のパパとママは誇るべき人達だよ」
懐かしい記憶を語ったシェンへ、目を輝かせたエリュは質問をぶつけた。何色が好きだったか、どんな食べ物を喜んだか。ケンカしたことはないか。多くの無邪気な質問の後、最後に言葉に詰まる。
「ママは、私を産んで……その」
喜んでくれたのかな。シェンは眠っていて知らないが、あの二人を知るから言い切ることが出来た。
「とても喜んで、嬉しくて大切に育てた。だってこんなに可愛くて素直なエリュだよ? アドラメレクだって、降伏するよ」
扉の影から出損ねたリリンが鼻を啜る。その隣でやはり隠れた状態のベリアルが、目元を手で覆った。
「エリュが産まれたの、悪くないよね」
「ああ、素敵な宝物が増えたんだ。アドラメレクも喜んだし、フルーレティも大好きだから産んだのさ。出産は大変だけど、エリュに会いたくて頑張ったはず」
言い切ってやれないのが悔やまれるが、知らないことを事実として肯定する嘘は吐けない。シェンの話を聞いていたリリンが、まだ涙を拭いきれていないベリアルを連れて飛び込んだ。
「陛下はエリュ様が生まれるのを、毎日指折り数えるくらい楽しみにしていらしたわ」
「ええ、その通りです。私が保証しましょう」
リリンが「ね?」とベリアルに同意を求め、彼は仕事用のメガネを掛けて泣いたのを隠しながら頷いた。
「そっか、よかった」
二人の言葉を抱きしめたエリュは、ほわりと笑った。そこで気づく。両親を失った幼子が可哀想で、話すことを避けてきた。しかし彼女は両親のことを知りたくて、それでも我慢して口を噤んだ。母親から受け継いだ聡明さと、父親から引き継いだ優しさ故に。根掘り葉掘り聞いたら、大好きなリリンとベリアルを困らせるから、と。
「これからは寝物語をご両親の話にしましょうか」
「本当!? いいの?」
「もちろんです」
嬉しそうな二人とエリュの会話を聞きながら、シェンも頬を緩めた。
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