36.音を楽しむ授業を終えたら次は

 パパより強くなって、ママみたいに優しくて賢い人になる。エリュは目標を高く設定した。


 起きて剣術のお稽古、ダンスや芸術系の授業をこなす。お昼を食べてから休んでお昼寝、午後は歴史を中心に座学を取り入れた。忙しくなったのに、エリュは生き生きと動き回る。自らが立てた目標に向かい、努力するのが苦にならないらしい。


「こう言うところ、フルーレティにそっくりかな」


 儚げな美女に見えて、実際は気が強く頑固だった母親によく似ている。そう口にしたら、嬉しそうに笑った。笑顔は父親そっくりだ。屈託なく、楽しそうで嬉しそう。出会った頃のシェンが「何がそんなに毎日楽しいのか」疑問に思ったほど、アドラメレクは幸せそうだった。


「シェン、今日は音楽だよ」


「歌だっけ?」


「ううん、新しい道具だって」


 楽器を持ち込むのか。すでに鍵盤は経験しているので、弦楽器だろうか。決められた部屋に入る。宮殿は幼子には広すぎた。てくてくと歩いた先で角を曲がり、また歩いて扉を開く。防音設備など不要だった。使用人以外に誰もいないのだから。


「おはようございます、先生」


 羊の顔をした立派な髭の老人だ。音楽に関して第一人者の彼は、あらゆる楽器に精通していた。穏やかな老人は、エリュを見ると頬を緩める。お爺ちゃんと呼んで慕うエリュも、授業の時は「先生」と呼称した。


「おはようございます、陛下」


 同様に親しき仲にも礼儀あり。老人バフォメットは、授業では陛下と呼称するが授業が終わればエリュ様と呼び、孫のように可愛がった。エリュに好意的な存在だ。


「シェン様もこちらへ」


 示されたのは、予想に反して打楽器だった。太鼓や木琴などが収納魔法から取り出される。いくつかの楽器をバフォメットが演奏して見せた。見本を示したら、あとは自由に触ってもいい。バフォメット老人の授業は自由だった。


 決められた音楽を定められた方法で演奏するのではなく、好きに楽器を触らせて即興で奏でる。歌もそうだった。いくつか基本的な曲を覚えたら、詰め込むことなく好きに歌わせる。国家や行進曲など知っていた方がいい曲は、すでにエリュの耳に残っていた。聴いたことがある曲、それだけで彼女は興味を示す。


「いつも聴く曲がいい」


 行進曲をひとつ指名し、エリュは太鼓を叩いて笑う。タイミングがほんの少しずれているが、指摘するのは野暮だろう。合わせて木琴を叩いたシェンに目を輝かせ、今度はそちらを演奏したいと交代を願い出た。


 ここで無理やり奪おうとしたり、シェンに高圧的な態度で出たことはない。次に貸してねと笑うエリュに頷き、曲が終わるとすぐ交代した。楽しい時間は短く感じる。


「ここまでにしましょう、お疲れ様でした。陛下」


 これが合図だ。ありがとうと並んでお礼を言い終われば、もう先生ではない。


「メェじい。こないだのがまた聴きたい」


「ほっほっほ、ではお昼の後で演奏しましょうか」


 お気に入りの曲を強請る。母が好きでハープを使い演奏した、子守唄のような曲だった。お昼の食事を一緒に摂り、ハープの音色で眠る。シェンと手を繋ぎ目を閉じる幼子に、ケイトを筆頭に侍女達が頬を綻ばせて準備を始めた。


 起きたら驚いて喜んでもらえるように。隣の部屋を飾り付け、お菓子を運び、祝いの席を作り上げる。さあ、後は君が起きるだけだ。エリュの眠りを守りながら、蛇神はプレゼントを選び始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る