31.拉致対策の特別講習は終わり

 シェンは近づくベリアルの魔力に気づく。ほぼ一直線に向かってくる状況からして、結界を重ねておいた方がよさそう。手を繋いだエリュを引き寄せた。


「ベリアルが迎えに来たよ、上にはリリンも来てる」


「うわぁ、じゃあ一緒に帰れるね」


 自分達が拉致された状況を、エリュは彼女なりに理解していた。知らない人について行かなくても、無理矢理連れ去られることもある。暴れると叩かれたりするけど、我慢してれば平気。痛かったり危ない時はシェンの名前を叫ぶ。今日覚えたことを確認して、後でベリアル達にも教えてあげるつもりだった。


「そういうとこ、可愛いよね」


 ぼそっと呟いたシェンに首を傾げる。銀のツインテールが揺れた。同じ髪型のシェンの黒髪に手を伸ばしたところで、左側の壁が大きな音で崩れる。びっくりしたエリュの手が止まった。


「エリュ、引っ張ってる」


 掴んで動きを止めた手を、無意識に引き寄せたエリュは、慌てて手を離した。


「ごめんね、シェン。痛かった?」


「痛くないよ、ありがとう」


 幼女同士のほんわかしたやり取りは、拉致された被害者に見えない。壁を魔法で吹き飛ばしたベリアルは、瓦礫を乗り越えて近づいた。己の服で埃を払い、エリュに手を差し伸べる。


「エリュ様、おケガはありませんか」


「僕がついてるのに、失礼な質問だよ」


「ああ、すみません。つい」


 分かってるし、本気で怒ってないから。シェンにそう言われ、ベリアルは苦笑した。作戦だと分かっているし、エリュの安全が確保されているのも承知だ。それでも心配は尽きなかった。


は捕まえた?」


 シェンが訳知り顔で首を傾ける。目を見開いたベリアルは「知っていたのですか」と誘導に引っかかった。シェンが知るのは、ワニ男や獣人女の会話から「侯爵」と呼ばれる人物が関わった事実だけだ。数百年眠っていた彼女が、爵位を持つ魔族を知るはずもない。


「ビフロンス侯爵でした。この上が屋敷ですよ。今頃リリンが捕まえた頃でしょう」


「ふーん。この先にワニ男と獣人の女を拘束してあるから、連れ帰って尋問してよ。エリュを泣かせて楽しもうとする変態だからさ」


 実際のところ、エリュは泣かされていない。シェンの言霊で無事だったが……ベリアルへ故意に伝えなかった。ベリアルの目がすっと細くなる。怒りで魔力が漏れ出した。


「なんですと? 我が主君に手を出そうとした……なるほど。エリュ様、シェン様、少しばかり用事が出来ましたのでお待ちください」


「わかった」


「私もわかった」


 一緒に返事をした幼女達の上に日が差し込む。地上の屋敷が瓦礫と化したため、地下に光が届くようになったのだろう。結界で瓦礫を防ぐシェンが、空を指差す。


「見て、エリュ。リリンがいる」


 地下から見上げる先で、リリンが両手を振った。剣をさっと後ろに隠し、収納へ放り込む速さは見事だ。感心するシェンの隣で、エリュが大きく手を振り返した。


「リリン! こっちぃ!!」


「エリュ様ぁ!!」


 感情表現が豊かな二人は、まるで生き別れた親子のように抱き合う。その様子を見ながら、後ろから聞こえた悲鳴を結界で遮った。言霊で縛った二人をベリアルが見つけたみたいだね。


「帰ろうか。お腹空いたし」


「今日は、白いシチューを頼んだの」


 楽しみと笑うエリュと手を揺らしながら歩き、ふわりと空に舞い上がる。空中を歩くのがお気に召したらしく、エリュは始終ご機嫌だった。

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