29.叛逆者のくせに偉そうね

 準備ができたら、シェンが合図を送る約束だった。高まる彼女の魔力を感じ、ベリアルとリリンは騎士を連れて飛ぶ。感知した先は、ビフロンス侯爵邸だった。先代皇帝の時代から、何かと黒い噂の絶えない家だ。


 連れてきた騎士に周囲を固めさせ、リリンは自らの剣を抜いた。屋敷を覆う結界を放ったベリアルが目を細める。これで屋敷から誰かが逃げ出す可能性は消えた。完全に袋の鼠だ。


「エリュ様もシェン様も、地下ですね」


 魔力の位置を探りながら、残酷さを匂わせてベリアルが笑った。互いに見つめ合った後、先に折れたのはリリンだ。


「いいわ、お迎えは譲ります。代わりにこの屋敷の獲物は私がもらうから」


 後片付けや根回しは任せる。リリンは面倒ごとをベリアルに押し付けた。


「承知しました。存分にどうぞ」


「道を開いてあげるわ」


 振りかぶった銀の剣が魔力を帯びて赤く光る。本来の剣の倍近い大きさに見えるほど強力な魔力を纏い、一気に振り抜かれた。屋敷の床が砕け、柱が悲鳴をあげる。屋根の一部が崩落し、立派な屋敷は瓦礫と化した。


 割れた足元の貴重な石材に「もったいない」と呟くベリアルが、地下へ続く階段を発見した。


「一匹も逃しては……」


「わかってるわよ。早くしなさい。エリュ様が待ってるわ」


 促されてベリアルが消えると、リリンは豪快に剣を振り回す。その度に周囲が砕け、飛び散り、穴が空いた。豪華な屋敷も装飾品も、犯罪者には不要。笑みを浮かべながら破壊行為を続ける上司を横目に、騎士達も皇帝陛下に逆らった魔族の捕獲に乗り出す。


 侯爵家から出て来る者は、狩りの獲物だ。侯爵自身はもちろん、配下もその括りだった。自慢の黒髪をかき上げたリリンは、屋敷から逃げ出した獲物の足を切り付ける。足を引き摺ってなおも逃走を図る者もいるが、すべて騎士に捕獲された。


 動けなくすることが目的で、殺戮ではない。すぐに楽にするほど優しくなかった。魔族とはそういう生き物だ。猫が鼠をいたぶる様に、手を出しては反応を窺う。いびり殺す結果しかなくとも、即死させる親切さはなかった。もちろん、連行される獲物に未来はない。


 容赦も遠慮もなかった。最高権力者に逆らう一族への見せしめも兼ねている。まだ主犯の侯爵が出てこないが、リリンは口元に笑みを浮かべて待った。


「これは! どういうつもりだ!」


 自慢の屋敷を瓦礫にしたリリンの前に、大柄な男が飛び出す。身長はリリンの3倍近くあり、腕の太さは彼女の腰ほどもあった。一発殴られたら、リリンが吹き飛びそうだが……彼女は笑って挑発した。


「反逆者のくせに偉そうね。私がやったの。主君に叛逆する愚か者を懲らしめるのは、元帥と将軍を預かる私の大切な役目よ」


 逆賊だ。そう言われ、侯爵は拳をリリンの上に叩きつける。この男に比べ小柄な彼女の姿は、土煙に飲み込まれた。

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