20.迫り来る危険を甘い匂いで回避

 手を繋いで街の通りを歩く。幼女二人を微笑ましいと見守る人の視線に混じり、多少危険な雰囲気の眼差しが注がれた。こういった悪意に敏感なシェンは、ベリアルに合図する。頷いたベリアルは数歩下がる。


 保護者と距離が離れたフリで、誘い出すことにした。目的は二つ。まず幼女誘拐を目論む輩を排除すること、エリュに危機感を持ってもらうことだ。


 魔族にも希少種がおり、子がなかなか生まれない彼らは養子を取ることが多かった。愛らしい姿をした子を誘拐し、そういった種族に高く売りつける輩がいるのだ。少し前に報告が入り、リリンが調査に当たっていた。その話を小耳に挟んだシェンは、犯人を誘い出すつもりでいる。


 普通の養子縁組でも謝礼を払うのが一般的な魔族で、愛らしい子ほど高額の謝礼がもらえる確率が高いのも事実だった。


「お姉ちゃん、あっち!」


 シェンと呼ぶより、姉と呼ぶのが気に入ったらしい。屋台で売る飴の美しさに、エリュは人々の間を縫うように走る。一直線に向かうエリュと手を繋いだシェンは、器用に人波を泳ぎきった。ベリアルが偶然を装って離れる。完璧だった。


「ちょうちょ、可愛い」


「蝶がいいの? じゃあ僕は花にしようかな」


 二人でじっくり飴を選ぶ。店主は慣れているのか、時折視線を寄越すが忙しく手元で飴を練っていた。


「可愛いお嬢ちゃん達だね。買ってあげようか」


 人の良さそうな青年が声を掛ける。シェンは迷う様子を見せ誘うが、ここで予想外の動きを見せたのはエリュだった。


「知らない人にもらうのはダメなの」


 ぴしゃりと言い切る。侍女達やベリアルの教育の賜物か。思わぬ答えに青年が怯んだところへ、店主が追い討ちをかけた。


「偉いぞ、嬢ちゃん。こっち来い。飴を練るところを見せてやる」


 さり気なさを装い、エリュとシェンを屋台の内側へ招き寄せる。まるで孫のように微笑みかけ、飴を作る工程を見せてくれた。諦めたのか、青年が離れるが警備の衛兵に捕まった。あれはベリアルの手配だろう。


「あんたは場慣れしてるな」


 ぼそっと店主に話しかけられ、シェンはすっと目を細めた。瞬きの間に、蛇の瞳孔を見せて消し去る。びくりとした店主は、慌てて平静を取り繕った。


「飴なら、そこのをやろう。失敗したからな」


 瞳孔を披露した際に滲ませた魔力で、強者だと認識したらしい。だが余計な口を挟まず、店主はエリュに飴を選ばせた。失敗だというが、立派な蝶や花に見える。よく見れば、左右のバランスが悪かったり、色が混じっている部分があった。


「ありがとう。ベルが来たらお金……あっ」


 先ほどポシェットに詰め込んだ紙幣を思い出した。無邪気なエリュはポシェットから無造作にお金を掴み出す。それを差し出した。


「ここから取って」


 その手を横からシェンが掴んだ。驚いた顔をするエリュへ首を横に振る。


「それはダメ。お店の人がくれると言ったのに、お金を払うのはいけないよ。だからお土産を追加しよう。そちらはお金を払う。でも貰った分はお金を払わない」


 ぶつぶつと言葉を繰り返した後、エリュは大きく首を傾けた。耳が肩につきそうなほどに。


「わかんない」


「後で覚えようね。先にお土産を選ぼう」


「うん、選ぶ」


 にこにこと店の内側から飴を眺めるエリュの横で、シェンは小声で店主に謝った。


「すまん、この子は物を知らなくて」


「なぁに、子どもなんてそんなもんだ。あんたももう少し気楽にやりなよ」


 どこかの貴族の護衛が変身しているとでも思われたのか。苦笑いした店主は失敗作を、くるくると束にして渡した。素直に受け取ると、エリュも同様に飴の束を貰う。


「ありがと!」


 満面の笑み、それが一番のお礼だと笑った店主は、練り損ねた大量の飴をこっそり背中に隠した。

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