15.安心していいよ、僕が必ず守るからね

 眠ったエリュを結界で包み、さらに深い眠りに誘導する。シェンの準備が終わるのを待ったベリアルが、口を開いた。


「先ほどの女は、どうしましたか? 引き裂くなら私にも許可を」


「好きにして良いぞ。数百ほど切り裂くようリリンに命じたが、その程度であの女の罪が贖われることはない。エリュに対する無礼だけで、数千の罰が必要だからな」


 口調が大人びても、外見はそのままだ。幼女姿の蛇神は、その瞳を縦に裂けた獣の目に変えた。ぎらりと光る紅瞳は、血の色を思わせる。


 血生臭いことを好む魔族を束ねる神が、純真無垢な性格のはずもなく。己が庇護する幼子を故意に傷つけ貶めたとあれば、その罰は過酷なものとなった。簡単に死ねぬが、死の苦しみと激痛を何度でも味わわせる。それが生と死を司る蛇神の下した判断だった。


「あの者の背後を洗っておけ。必ず首謀者がいるぞ」


「はっ、仰せのままに」


 膝を突いて神に礼を尽くし、ベリアルは退室した。その姿を見送り、シェンは愛すべき幼子の髪を撫でる。隣に滑り込むシェンの裾を掴み、それから体温にすり寄ってきた。その可愛い仕草に目を細め、シェンは瞬きの間に獣の目を隠す。


「ゆっくり眠って、急がなくていいさ。君の時間はまだたくさんあるんだからね」


 魔力の保有量は多い。だがそのほとんどを、魔法として発現できない運命を背負った子だ。だから周囲が過保護なまでに守る必要があった。


 エリュを狙うとしたら、彼女の役割を理解し、手の内で操ろうと考える者。または事情を全く知らず、排除しようと試みる者のどちらか。今回は嫌な予感がする。おそらく前者だろう。


 あの女教師は、礼儀作法の勉強にかこつけて、エリュを操ろうとした。恐怖心を植え付け、教師の方が上位だと刷り込んでいたのだ。あのまま成長し、女教師の操り人形になったとしたら、魔族自体の存亡に関わる。早めに気づけてよかった。


 安堵する反面、この子が背負った役割の重さに溜め息が溢れる。代われるなら……この年寄りが代わってやるものを。上に載せたクリームや果物の重さに潰されるプリンのように、この子が重圧に変形し、潰されたりしないよう。守るのが庇護者の役目だ。


「安心していいよ、僕が必ず守るからね」


 夢の中でいいことがあったのか、ほわりとエリュの頬が緩む。嬉しそうな表情で頬を擦り寄せた。父母を同時に亡くし、側近がいたとは言え、淋しかったのだろう。友人も簡単に与えてやることができない環境で、ベリアル達の心労は察して余りある。


 一緒にゆっくりと成長したらいい。友人が出来たと喜ぶ姿も、ケンカして泣く日も。いつだって僕が側にいるから。眠るエリュの頬を指でつつき、ぎゅっと抱き締めた。背中まで全部覆うことが出来ない短い手が少し口惜しく、だがそれでいいと目を閉じた。


 この子に必要なのは、同じ年頃、同じ目線で物を見る友人なのだから。蛇神としての意識を沈めながら、シェンはエリュの小柄な体を引き寄せた。

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