10.幼子は蛇神の背に乗り空を舞う
着替えたエリュは、ミニスカートの下に厚手のタイツだった。これならスカートが捲れても平気な上、可愛らしさも両立できる。兎耳獣人の侍女ケイトは、リボンをふんだんに使った上着を着せてくれた。風を防いで暖かい。
「これなら寒くないかな」
「うん。飛ぶと寒いの?」
「寒いけど、僕の上は寒くないよ」
風に命じて魔力で膜を作る。そんな説明の意味は半分以上、エリュには分からない。それでも目を輝かせて話を聞く姿に、リリンは切なそうに笑った。
「やっぱり、両陛下が亡くなられて寂しかったのですね。こんな風に楽しそうになさるなら、もっと早くお友達を探せばよかったですわ」
「友達と言っても、選ばなければならないからな」
ベリアルは溜め息を吐いた。リリンの言い分もわかる。寂しそうなエリュを前に、できるだけ時間を割いてきたが……やはり足りなかったらしい。今後は蛇神であるシェンが守るので、安心して任せることが出来た。もちろん、警護は今まで以上に付ける。
「行ってきていい? ベル、リリン」
亡き両親の代わりとでも言うのか。エリュは常に二人の意見を尋ねてきた。年の離れた兄姉の感覚で、視線を合わせて頭を撫でる。ベリアルの撫で撫でに満足そうなエリュが、笑顔を振りまいた。
「気をつけて楽しんでください」
「凄いわね、シェン様の背に乗せてもらえるなんて幸せよ」
え? そんな顔をした後、シェンはリリンの言葉を反芻する。もしかして、蛇の姿で背に乗せる話なのか? 単に手を繋いで飛ぶ予定だったんだが……。
シェンの気持ちを知らないエリュは「背中?」と首を傾げた。出会った時の姿を思い出し、両手を広げて大きさを示す。
「こんな、こぉんなに大きいの! シェンの背中、すごい広いのよ」
「落ちないように魔法をかけましょう」
「これを首に巻いてね」
ベリアルは防護用の魔法陣を持たせ、リリンは己の首に巻いていた毛皮を寄越した。渡されたマフラーは大きく、エリュは首どころか胸にも巻いて笑う。ぱくぱくと文句を言おうとした口が動き、仕方ないとシェンは諦めた。
するりと大蛇の姿をとる。本来の姿なので楽だが、幼子を驚かせるには十分なサイズだった。前回は暗闇だが、今日は明るい日差しの下だ。怖がって泣かれたら、僕もショックなんだが……そんなシェンの思いをよそに、エリュは両手を広げて喜ぶ。抱き着いて、大きな鱗に頬擦りした。
「シェン、おっきい!」
「エリュが平気なら良いか」
怖がらないなら、巨大な蛇の姿でも問題ない。むしろ飛ぶには安定している。よじ登ろうとして滑り落ちる幼女を、ベリアルが「失礼」と声を掛けて乗せた。しっかりしがみ付くエリュの周りを、防御結界が囲っていく。ベリアルが付与した魔法陣だ。その上から重ねて、シェンの結界も張った。
「行くぞ」
ふわりと舞い上がる。蛇だが首の後ろに、耳のような小さな羽が付いていた。飛ぶには不要だが、エリュが掴まるにはちょうどいい。2枚の羽の間にちょこんと座り、エリュは両手で羽を掴んだ。
振動も風の抵抗もなく舞う巨蛇は、他国で龍神と呼ばれる。崇められる対象という意味では同じだが、この魔国ゲヘナはシェーシャの意思を尊重して「蛇」と呼称してきた。神である蛇が空を舞う――その背に魔族唯一の失えない幼子を乗せて。
「歳を取りましたかね。目が霞んでしまって」
「泣いてるからでしょ。あと、私も似たような歳なんだから、そんな言い方失礼よ」
涙ぐんで感激するベリアルの隣で、リリンは悪態をついた。
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