11.お昼寝は並んで一緒にね
なかなか外へ出られないエリュにとって、空の散歩は最高だった。下に広がる街や城、たくさんの人が見上げている。そんなシェンの背中に乗ったエリュは興奮した。
「すごい! 遠くまで見える」
「エリュが大きくなるたび、遠くへ出かけようか」
蛇の形なのに、器用に声を伝えてくる。シェンの提案に、エリュは胸を躍らせた。見えているあの遠くの場所まで、その先まで行けるかも知れない。大きくなったら……何度も聞いた言葉だった。でも今までは落胆していたのに、今は嬉しさと楽しみな気持ちが湧き上がる。
「うん! 皆で行こうね」
「そうだね、僕の背ならベリアルやリリンも乗せられる」
ぐるぐると数回回って、ゆっくりと下降した。残念そうに首を伸ばして景色を楽しむ幼女のために、普段より時間をかけて降りる。徐々に狭まり、普段と近い景色になった庭でエリュは瞬いた。その一瞬で、ふわりと体が浮く。
「滑ってごらん」
シェンの言葉通り、体がつるんと鱗の上を滑った。背中の大きな骨の脇を滑り、尻尾の先まで行って浮き上がる。ふわふわするエリュの手を、シェンの小さな手が握った。下にいたはずの巨蛇が消えている。
「シェン、ありがと」
「どういたしまして。楽しかった?」
「うん。遠くまで、すっごい向こうまで見えて、高くて、いっぱい人がいた」
興奮しすぎて、話が混乱している。頬を赤く染めて、一生懸命説明する姿にシェンは笑った。着地した彼らの元へ、魔族の重鎮が駆け寄る。
武のリリンと智のベリアル。幼くして皇帝になったエリュの側近であり、家族だった。年の離れた兄姉のような彼らに抱きつき、エリュは全身を使って喜びを伝える。その様が愛らしくて、侍女を含めた目撃者の微笑みを誘った。
「街へ行く際も、シェン様に同行してもらいましょう」
「シェン、ずっと居る?」
「エリュとずっと一緒にいるよ」
庇護者だからね。付け加えた小さな声は、エリュに聞こえなかった。一緒にいる約束を喜ぶ幼女に、シェンは抱きつく。両手を繋いで踊るようにはしゃぐ幼子二人の姿に、侍女達が目を細めた。
「可愛いわね」
「本当に。陛下もお友達ができて良かったわ」
好意的な声が聞こえる中、昼寝の時間を告げるリリンが子ども達を促す。
「お昼寝なさって。本を読んで差し上げますわ」
「うん。シェンと一緒」
「いいよ、お昼寝しよう」
手を繋いだ幼女二人は、リリンと並んで歩き出した。テラスから回り込んで、廊下を進む。繋いだ手を目一杯振りながら、侍女ケイトの開けた扉をくぐった。大きなベッドへ向かい、手前の踏み台で靴を脱ぎ捨てる。その勢いで飛び込んだ。
柔らかなクッションを蹴飛ばし、はしゃぎながら寝転がる。機嫌のいい二人は、ごろごろと転がってなかなか眠れない。何が楽しいのか、体が触れるだけで笑い合った。
「ほら、寝ないと疲れちゃいますわよ」
リリンに窘められ、彼女が開いた絵本を覗き込んだ。魔族の王が、攻めてきた勇者を倒すお話だった。勇者が城に入ったところで憤慨し、人質を取られた王のシーンで涙ぐむ。無事に撃退した場面を読む頃には、エリュはほとんど眠っていた。
虹色の銀髪を撫でたリリンが最後まで読み「おしまい」と締めくくる。静かに部屋を出る彼女を見送り、エリュの肩まで毛布を掛けたシェンも目を瞑った。
少しでも良い夢が見られますように。
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