習作集

五木林

夢まで何キロ

 お父さんが仕事で夢の星に行くというので私も一緒に行くことにした。

 

 私は夢の星どころか、田んぼの星の外に出たことがなかったので楽しみでしょうがなかった。リュックにスケッチブックと色鉛筆、それから毛布を詰め込んで、後部座席の左側に座った。お父さんに助手席に来ないか聞かれたけど首を横に振った。私はこの席が好きだ。寝る時も左側に壁があった方が落ち着ける。私のこだわりだ。


 料金所を通り抜けてハイウェイに入った。他の星へ行くにはハイウェイを使う。前を見ると上り坂がずっと続いて、そこを車が走っている。今はもう夕方だ。西日のオレンジと相まって、車が列になって上っていく様はなんだか夢の中の出来事のようだった。


「お父さん、夕日眩しいね」


「でも運転席の方が眩しいぞ」


「あっ、サングラスだ。ずるい」


「前が見えないと危ないでしょ」


「……なんか天国への道みたいだね」


「面白いことを言うね」


「そうかな?」


「うん、詩的な子供だよ。お父さんに似たのかな」


 ふふ、何それ。二人で笑った。そうだ、絵を描かなきゃ。リュックからスケッチブックと色鉛筆を取り出す。どこから描こうか。道路かな。しかし車の中なので風景はどんどん変わっていってしまう。主役は太陽がいい。オレンジは好きだし。それにしても後部座席からじゃ描きにくい。助手席に座ればよかった。


「ねえ、やっぱり前に行ってもいい?」


「その席がこだわりじゃないの?」


「今はいいの」


「気を付けて」


 やはり助手席からはよく見える。オレンジは大きく明るく。車はかっこいいのを描こう。でもやっぱり難しい。そもそも車は絵を描くのには向いていない。ちょっと気持ち悪くなってきた。

 それでもなんとかこの絵は完成させることができた。我ながらいい出来だ。

 見惚れているとお父さんに声をかけられた。


「いい絵だね。構図がいいよ」


「こだわったので」


「そろそろサービスエリアだからトイレに行こうか」


 車から出て深呼吸をする。かなりの高度まで上ったので空気は薄いが、涼しく澄んでいて気持ちがいい。夕日は沈んで、オレンジは群青に追いやられている。一番星が光った。


「夢の星、見えるかな」


「角度のせいで見えないね。もっと進めば正面に見えてくるよ」


 車が発進する。そろそろ宇宙に入るころだ。宇宙なんてテレビの中や友達の話でしか聞かなかったけど、もうそれは目前に迫っている。


「到着は夜遅いから寝ていいよ」


「着くまで起きてたい」


「明日早いよ。それにどうせ寝ちゃうから」


 ずっと起きて見ていたい。宇宙に入る瞬間、夢の星がだんだん近くなってくる様子、夢の星に到着する瞬間。私にとっての記念すべき瞬間を、全部覚えていたい。

 そう思っているのだけれど、車に揺られているとどうしても眠くなってしまう。うとうとと、意識が遠ざかっていく。これではいかんと、私は絵を描き始めた。

 

 外はすっかり暗くなって、夜の闇なのか宇宙の漆黒なのか区別がつかない。そんななかで、車のヘッドライトだけが眩しく、どこか寂しく闇を照らしている。闇を描くのは難しい。おまけに眠いので、ときどき自分が何をしているのかわからなくなる。絵を描くんだ。もう宇宙に入ったのだろうか。ヘッドライトは心なしかさっきよりも眩しくなったように感じる。白い光が視界に広がっていく。だんだん白くなって、もう宇宙がわからなくなる。今どこにいるのだろう。あれからどのくらい時間が経ったのだろう。あとどのくらいで着くのだろうか。きっともう少しで、夢の星が待っている。




「おーい。着いたよ」





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