第38話 家庭教師はちゃんと選ぼう!(その2)


【ニナside】


「……よし。今日もアラン様のお部屋は綺麗になりました! ふふふん♪」


 その日、担当する場所のお掃除を終えて廊下を歩いていると、ある部屋の扉が開いているのを発見した。


「あれ……?」


 そこは、ご主人様がサリア先生のために用意されたお部屋だ。


「閉め忘れでしょうか……?」


 アラン様に治癒魔法を教えるようになってからは、サリア先生もこの屋敷に住み込みで働いている。


 アラン様やプリシラ様のこと以外にも、私達使用人の具合を診たり、悩みを聞いたりしてくれているのだ。


 私としては、頼りになる先生がいつも側にいてくれるのは安心するけれど……最近はいつも忙しそうにしていて少し心配になる。


 ひょっとすると、お部屋の片付けもあまりできていないのかもしれない。


「大丈夫かな……」


 心の中でサリア先生に謝って少しだけお部屋の中を覗くと、思った通り散らかり気味だった。


 いつも片付いている先生にしては珍しい。やっぱり、あまり休めていないのだ。


「……決めました!」


 それなら、ちょうど手が空いたところだし、私が代わりにお部屋の片づけをしておこう。そうすれば、サリア先生もきっとゆっくりできるはず。


「失礼しますね、サリア先生」


 ――そうして私は、恐ろしい体験をすることになるのだった。


 *


「……ふぅ、これくらいでいいですね」


 風に吹かれて散らばっていた書類を飛ばされない場所にまとめ、床のゴミやほこりを掃き取った後で水拭きをし、ベッドを整えた私は、窓を開けて室内を換気していた。


「あと……」


 掃除はおおよそ終わったけれど、まだ手を付けていない物がある。


「この本はそのままにしておいた方が良いのでしょうか……?」


 部屋に入った時から、机の上に三冊まとめて出しっぱなしになっていた本だ。


「確か……貴重な品だと以前サリア先生がおっしゃっていましたが……」


 それは『記憶の魔導書』と呼ばれるもので、目で見た光景を本のページに写し取ることで、直接再現することができるそうだ。


 高価な物なら出しっぱなしにするのは危ないし、どこかへしまっておいた方がいい気がするけれど……。


「とりあえず、どこかにまとめて――」


 その時、部屋の中に風が吹き込んできて、本のうちの一冊が開いてしまった。


「え…………?」


 そこに写っていたものを見て、私は硬直する。


 ――アラン様だ。全てのページに、勉強をしているアラン様や食事をしているアラン様や眠っているアラン様や魔法の練習をしているアラン様の姿が、びっしりと収められているのである。


「ど、どういうことですか……?」


 めくってもめくっても、全てアラン様。


「まさか……サリア先生も他の二人と同じ……いや、そんな……っ!」


 認めたくない事実だった。まさか、子供の頃からずっと良くしてくれたサリア先生が、そんな人だったなんて……。


「こ、こっちの本はっ!」


 私は自分の顔が青ざめていくのを感じながら、隣に置いてあった『記憶の魔導書』を開く。


「え、えぇ…………?」


 そこに写っていたのは、全てプリシラ様だった。プリシラ様の成長していくお姿が、様々な角度から収められている。


 びっしりと、狂気的に。


「――これも……先生なりの愛……ということでしょうか……?」


 対象がアラン様だけであれば、つまりなのだと納得できる。しかし、プリシラ様もとなると……私には分からない。


 どうして、サリア先生はディンロード家にそこまで深い愛情を抱いているのだろうか……? もしや、ご主人様とよからぬ関係……? 


「うっ、げほん、げほんっ!」


 ――いいや、私がこんなことを考えてはいけない!


「さ、最後の本は……!」


 そうだ、三つ目に何が収められているのかさえ分かれば、全ての疑問が解決するかもしれない。


 私は、震える手で最後の本を開く。


 そこに写っていたのは――


「わ……た……し……?」


 ――私だった。


 プリシラ様と同じように、成長していく私の姿が収められている。


 特に、正面を向いて微笑みかけているものが多い。


 相手は間違いなくサリア先生だ。


「な……に……これ……」


 そして一番新しいページには、先ほどまでアラン様のお部屋を掃除していた私の姿が写っていた。その私は、汗を拭きとるような動作をしている。


 ――分からない。


「なんで……?」


 分からない分からない分からない分からない分からない分からない!


「ひ、ひいいいいいぃ……っ!」


 気が付くと、私は尻餅をついてその場から後ずさっていた。服が汚れてしまうのを気にしている余裕すらない。


 とにかく、今はこの場から離れたかった。


「あ、ぁああっ……!」


 這うようにして、扉へと向かう。


 しかし――


「あら、私に何か用事ですか?」


 そこには、サリア先生が立っていた。


「ニナ?」

「い……」

「顔色が悪いようですが……」

「いやああああああああああああッ!」


 私は、あまりの恐怖に悲鳴を上げて失神するのだった。


 *


「ニ…………大丈…………です……ニナ……っ!」

「う、うぅぅ……っ」


 気が付くと、私は知らないベッドに寝かされていた。


 ここは――サリア先生のお部屋……?


 そうだ……確か、私はサリア先生のお部屋を掃除していて、それで……。


「…………うぅ……?」


 思い出せない。


 自分で記憶に蓋をしてしまっているような感じだ。


「――良かった。目が覚めたのですねニナっ! 心配しましたっ!」


 サリア先生が、潤んだ目で私の顔を覗き込んでくる。


「サリア……先生……」

「おそらく、無理をしすぎたのでしょう。――今日はもう、ここで休んでください」

「はい……」


 何か大切なことを忘れている気がするけれど――


「具合が良くなるまで、私が側にいますからねっ!」

「ありがとう……ございます」


 ――やっぱり、サリア先生はとても信頼できるお方だ。

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