第34話 とても優しい聖女


「授業はどこでやりましょうか?」


 ちょこんと首を傾げながら、俺とニナの方を見てそう問いかけてくる先生。


 実に可愛らしいな! 露出で攻めてこない、健全な可愛らしさだ!


 痴女の先生方にも見習って欲しいものである!


「アラン様のお部屋で良いと思います」


 ニナが言ったので、俺もブンブンと首を振って同意した。サリア先生なら信用できそうだからな。


「分かりました。――では行きましょうか。お部屋まで案内してください」

「は、はい!」


 痴女ではない大人の女性と話すのは緊張するな! 心臓がドキドキするぜ……。


「うふふ……とってもいいお返事ですね!」

「あ、ありがとうございます」


 この人、何しても褒めてくれるじゃん。嬉しい。


「えっと、こっちです。僕に付いてきてください」

「はぁーい」

「………………」


 でも……たまに強大な魔獣を相手にしている時と同じ感覚に包まれるのは何故だろうか。


 ……まあ、気のせいだろう。気にしない気にしない。


 そんなこんなで、俺は自分を納得させつつ、サリア先生を部屋へ連れて行くのだった。


 ――その道中、メリア先生とダリア先生が詰め寄ってきて、早口で色々と言ってきたけど、サリア先生が優雅にあしらってくれた。流石は大人のお姉さんだ。


 *


 部屋に入ってすぐ、サリア先生は大きく深呼吸した。


 実は緊張しているのかもしれない。


 二人きりになってすぐに親しみやすさアピールとは……あざといな。


「ふぅ……。この後も二人の授業があるようですから、治癒魔法の勉強には時間を取りすぎない方が良いみたいですね。何度も念を押されました」

「ごめんなさい……わざわざ来てくれたのに……」

「ふふっ、あなたが謝る必要はありませんよ」


 サリア先生は俺に向かって微笑みかけた後、こう続けた。


「……治癒魔法というのは少し特殊で、時間をかければその分だけ上達する……というものではありませんから、大切な心がけや基礎的な部分を重点的に学んでいきましょう」

「はい」


 俺の目当ては禁術の方だが……この人から聞き出すのは難しそうだ。


 心優しいサリア先生が、子供相手にそんなものを教えるはずがないからな。


 ある程度理解できたら独学で習得するしかないか……。


「それでは……治癒魔法を覚える為には、まず自分の体で受けてみることが大切ですね。今までに治癒魔法を使ってもらった経験はありますか?」

「いえ……」


 先生達との授業で怪我をしても、自力で治した方が強くなると教わったからな。


「分かりました。――ではベッドへ横になってください、アラン」

「は、はい?」

「私がこれから疲労回復の魔法をかけますから、自分の身体の変化に集中して欲しいのです」

「………………?」


 よく理解できないが、言われた通りにするか。


 俺は指示に従い、ごろんとベッドへ横になる。


「それでは始めますね。……ゆっくりと目を閉じて」

「……お願いします」

「大いなる女神よ、どうかこの者に安らぎをお与えください――小回復ショートヒール


 それからすぐに、身体が内側から温まっていくような感じがした。


「どうでしょうか?」

「少し……体が熱いです……」

「私も同じです。――治癒魔法を使う上で大切なのは、相手と感覚を合わせることですから……」


 ……なるほど?


「相手の痛みや恐怖を自分のことのように感じ、それを取り除いてあげたいと願う……そんな慈愛の精神に女神様がお応えしてくださり、魔法の効力が高まるのです……」

「はい……」


 難しいぞ。


 サリア先生……教えるのが少し下手だな――などと思ってはいけない!


 悪いのはちゃんと理解できない俺だ! たぶん!


「それにしても……かなり疲れが溜まっていますね……。まったく、メリアとダリアは一体どんな訓練をしているのかしら……まだ子供なのに……こんなに無理をさせて……」

「ん……っ」


 治癒魔法の効果なのかは知らないが、全身がすごく熱い。汗が吹き出してきた。


「せ、先生……っ」

「今度からは、プリシラだけでなくあなたも診ることにしましょう。……少し無茶をさせすぎているみたいですから……」

「あの……っ」

「普段どのような授業をしているのかも、二人から聞き出しておいた方が良さそうですね……」


 何も教えてくれない……。


 この人、完全に治療モードに入っちゃってるよ……。


「……ふぅ。今日はこの辺で終わりにしましょう」

「あ……ありがとう……ございました」


 ――結局、その日は治癒魔法についてよく分からなかった。


 でも、きもちかったのでよかったです。


「……すや、すや」


「――あらあら、寝てしまったのですか?」

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