第31話 事後処理


 小鳥が鳴いている。


「朝だ……」


 気が付くと、俺はなぜか知らない匂いがするベッドの中で眠っていた。


「頭が痛い……」


 昨晩はだいぶうなされていた気がする。


 おそらく、プリシラを治療し続けたことで魔石の力が強まり、俺の精神を乗っ取ろうとしていたのだろう。


 もっとも、魔石一個分より俺の魔力の方が強いので、どうにか抑え込むことに成功したみたいだが。


「…………ん?」


 待てよ、プリシラを治療していただって?


 じゃあ、俺が現在潜り込んでいるこのベッドは……。


「すー、すー……」


 ふと隣を見ると、寝間着がはだけているプリシラが眠っていた。


「どれどれ」


 俺はプリシラの額をベタベタと触ってみる。


 顔が赤くてかなり汗をかいている様子だが、熱は下がっているようだ。


 魔石の力すげー。


「ふむ……」


 しかし現状、俺は高熱にうなされる妹のベッドに潜り込んで一晩を明かした兄ということになるのか。


「……実にやばいな」


 妹がお兄ちゃんのベッドに潜り込んでくるのとは訳が違うぞ。


 とにかく、誰かに見られる前にベッドから出なくては。


 そう思って起き上がろうとした次の瞬間。


「お兄さま……」


 プリシラが目覚めて俺の腕を掴んできた。


「お、おはよう、プリシラ」


 更にまずいな。


「どうして……あんなことしたの……?」


 俺が焦っていると、プリシラは突然目を潤ませながらそんなことを聞いてくる。


「えっ」


 ベッドで一緒に寝ている状況でするあんなこと……?


 俺の全身の血の気が引いていく。


「あ、あ、あんなことって……?」

「覚えて……ないの……?」

「………………!」


 まじ?


 おいおい、嘘だろ……? プリシラは妹だぞ? 正気か俺!?


「いやだって……言ったのに……」

「…………!」

「抑え付けて……無理やり……っ」

「えぇっ?!」


 がっつりやってるじゃん。高熱でうなされる妹を無理やり抑え付けて……とか、人間のすることじゃないだろ。


 ドン引きだぞ! 


「ぼ、僕がやったの……?」


 嘘だと言ってくれプリシラ! 俺はそこまで堕ちていないはずだ! 


「ひっぐ……うええええええんっ」


 すると、大粒の涙をぽろぽろとこぼしながら、声を上げて泣き始めるプリシラ。


「うわあああああっ!」


 叫ぶ俺。


「終わった……」


 俺の第二の人生……終了!


「生きてて……すみませんでした。責任をとって、切腹させていただきます……」


 頭の中が真っ白になった俺は、気の抜けた声で言った。


「ごめんなさい……」

「お兄さまぁっ!」


 その瞬間、プリシラが俺のことをぎゅっと抱きしめてくる。


「どうして……っ、お兄さまが……謝るのぉっ……!」

「え、だって」

「私のために……してくれたことなのにっ、うわあああああん!」

「?」


 よく分からない。どういうことだ。


「プリシラは……僕にどうして欲しいの?」

「死んじゃやだよぉっ! お兄さまぁっ!」


 ……なるほど、生きたまま責任を取れと言いたいのか。


「それってつまり……」


 結婚しろってこと!?


 近親婚じゃん……!


 この世界なら出来そうだけど……俺には日本に生きていた頃の倫理観も備わっているんだぞ……!


 ――いや、よく考えたら備わってないからこんなことになっているんだったな。


 やれやれだぜ。


「わ、分かったよプリシラ。……言う通りにする」

「ふえ…………?」

「僕と、けっこ――」


 覚悟を決めたその瞬間。


「おはようございます、プリシラ様。お身体の具合は……」


 ニナが部屋の中へ入ってきた。


「…………あっ、あ、あ、アラン様っ!?」


 ベッドの中で抱き合う俺達の姿を目撃し、よろめくニナ。


「おめでとうございます?!?!?」


 混乱しすぎたニナは、俺たちのことを祝福してきた。


 ……それから後のことは、大変すぎてよく覚えていない。


 かなりの修羅場だったが、なんとか俺も含めて誤解を解くことに成功した。


 どうやらプリシラは俺が治癒魔法の禁術を使ったと思って泣いていたらしい。


 なんでも、その禁術とやらは相手の怪我や病気を肩代わりできるのだそうだ。


 ……まさか、そんな悪用し放題の便利な魔法が存在するとはな。ますます治癒魔法を学びたくなってきたぞ。


 プリシラやニナの誤解も解けたことだし、まずはメリア先生に相談しに行かなければ。


 俺は心の中でほくそ笑むのだった。

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