第30話 プリシラの気持ち②


「うーん……?」


 目覚めると部屋の中が暗かった。


 確か、無理をし過ぎて倒れちゃったんだっけ。


 その間、ずっとお兄さまの夢を見ていた気がする。まだ熱があるのか、身体がすごく熱い。お兄さまのことを考えていると何故か胸が苦しくなる。


「ちゃんと……寝ないと……」


 私は、もう一度眠るために目を閉じた。


 ――演技なんて……必要なかったな……。


 ふと、そんな考えが頭をよぎる。


 色々と言いたいことがあったはずなのに、お兄さまを前にした途端、自然と「良い子」に振舞ってしまった。


 変わって立派になったお兄さまと釣り合うように、私も変わらなきゃだめだって気持ちになった。


「お兄さま……大好き」


 何気なくそう呟いてみる。


 やっぱり自分のことを騙してる感じはしなかった。


 お兄さまが相手なのに、ちゃんと嬉しい気持ちになる。


「ふふ……」

「うぅっ……」

「――――っ!?」


 そしたら返事があったので、びっくりして息が詰まりそうになった。


 隣でお兄さまが寝ていたのだ。


「っ~~~~!」


 顔がさらに熱くなるのを感じる。


「うっ……ぐっ……」

「お兄……さま……?」


 だけど、お兄さまの方はうなされている様子だった。


 私は、そっとお兄さまの額に触れてみる。


「すごい熱……!」


 どうしよう。誰か呼ばないと。


 慌てて起きあがろうとしたその時。


「プリシラ…………?」


 お兄さまに名前を呼ばれた。


「お、お兄さま……起きちゃったの……?」

「…………? う、ん……」


 虚な目で返事をするお兄さま。どうやら寝ぼけてるみたいだ。


「えっと、あのねお兄さま! すごい熱だから、誰か呼んでくるねっ!」

「だめ……」


 ベッドから出ようとする私のことを、お兄さまが引き止める。


「まだ……終わってない……」

「お、終わってないってなに? 離してよお兄さま……!」

「じっと……してて……」


 そう言って、お兄さまは私に何かをし始めた。


 掴まれていた腕の辺りからどんどん温かくなって、自分の身体が楽になっていく。


「ぐぅっ……はぁ、はぁ……っ!」


 反対に、お兄さまはすごく辛そうだ。


「な、何してるの……?」

「病気は……僕が……治す……から……」

「………………!」


 やっと分かった。


 お兄さまは、私に治癒魔法を使ってるんだ。


「ま、待って……だめだよお兄さまっ! 苦しいならやめてっ!」

「プリシラ……っ!」


 私は昔、お父さまの書斎にこっそり忍び込んで治癒魔法の入門書を読んだことがある。


 難しくてほとんど分からなかったけど、治癒魔法は二種類に分けられるということだけは、頑張って理解して覚えたのだ。


 ……お父さまが思い詰めた顔で何度も読んでいたページだったから。


 ――二種類ある治癒魔法。そのうちの一つは魔力を使って相手の怪我や病気を癒してあげる普通の魔法で、もう一つは自分の生命力を使って相手の苦痛を肩代わりする危険な魔法だ。


 確か、使っちゃいけない「禁術」になっている。


 お兄さまほどの才能があれば、危ない治癒魔法だって使えてもおかしくはない。

 

「は、はなしてお兄さまっ! いやっ!」


 私は必死にお兄さまの手を振りほどこうとする。


 だけど、力が強くてぜんぜんダメだった。

 

「動かないで……」

「きゃぁっ!」


 むしろ逆に抑え込まれてしまう。


 両腕を掴まれて、無理やり治癒魔法を受け入れさせられた。


「だめっ……やめてよぉっ……!」


 このままじゃ、お兄さまが私の身代わりになって死んじゃう。


 ――そんなのいやだ。


「おねがい……!」


 けど、お兄さまに抵抗できるほど私は強くない。


 悔しい気持ちになって、目から涙があふれる。


「お兄さまぁ……っ!」


 *


「うぅっ、ああぁぁっ……」

「泣かないで……」


 結局、お兄さまはそのまま治癒魔法を成功させた。


 私の病気は、全部お兄さまが奪い去ってしまったのだ。


 こんなに身体が楽になったのは初めてだから、そうに違いない。


「ひっぐ……うぅぅ……っ!」

「プリシラ……」

「なんで……私の……ために……っ」

「ごめん、なさい……」


 お兄さまは最後にそう言うと、私に覆い被さるようにして意識を失った。


「お兄さまの……意地悪……っ」


 そういう自分勝手なところは何も変わってない。


「だいっきらい!」


 死んじゃやだ。


「ばかぁっ!」


 前はいなくなって欲しいと思うくらいだったのに、どうしてこんなに悲しいんだろう。


「うわああああんっ!」


 ……そっか。


 私は……ニナに言われてこっそり姿を覗いたあの時から、お兄さまのことが好きなんだ。


 お兄さまの妹じゃなければよかった。


 そしたら、取り返しが付かなくなる前に気づけたかもしれないのに。

 

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