第29話 プリシラの気持ち①

【プリシラside】


 ずっとお兄さまのことが嫌いだった。


 会うといじめてくるし、不気味で何を考えてるのか分からないし、いつも目が怖かったから。


「……アラン様は……もう昔のアラン様ではありませんよ」


 いつだったか、お見舞いに来てくれたニナが私にそう言った。


 いつもだったら私に気を使ってそんな話なんかしないし、仮にお兄さまの話をしたとしても微笑むことなんてないはず。


「お兄さまは……大嫌い!」


 不思議に思ったけど、私はそう答えた。


「分かっています。……けれど、もうしばらくの間会っていませんよね」

「…………うん」

「一度……元気な時に屋敷へ遊びに来て下さい。……アラン様には内緒にしておきますから」

「考えとく……」


 ニナにお願いされたから、元気な時にこっそり屋敷へ行った。

 

 その時はお父さまも一緒だったから、前みたいにいじめられてもどうにかなると思って。


「プリシラ様、こっちです!」


 私を出迎えてくれたニナは、庭の茂みの陰へ私を連れてきてこう言った。


「ここから見れば、アラン様には気付かれません」

「え~……お兄さまを見るのー……?」


 あまり気は進まなかったけど、言われるがまま、茂みからこっそり向こう側を覗き込む。


「あそこに居るのがアラン様です」

「………………!」


 ――知らない男の子だった。


「どうした、それで終わりか?」

「もう一回……お願いします!」


 その子は、自分よりもずっと大きくてすごく強そうな女の人を相手に、剣で撃ち合っていた。


 何回負けて倒されても、泥だらけになっても、すぐに起き上がる。


 そんな子が、私の知っているお兄さまと同じ人間だと思えない。


「いつまで……ああやってお稽古してるの……?」

「剣術の稽古は早朝からお昼過ぎまでです。それが終わったら、今度は日が沈んだ後まで魔術のお稽古をしています。一日も休まずに……」

「どうしてそんなに頑張ってるの?」

「私にも分かりません。……ただ、一度熱を出して寝込んだ時に、『良い子になります』と……」

「…………変なの」


 だけど、遠くからその子を見ていて悪い気分にはならなかった。どうしてかは自分にも分からなかったけど、ちょっとだけ自分も頑張ろうって思えたから。


 ――それから私は、時々屋敷へ遊びに来て、こっそりとその子の様子を見るようになった。


 ニナの言う通り、いつ見に来ても何かしらの稽古をしている。


 体の弱い私が同じことをしたらたぶん死んじゃうから、あんなに頑張れるのが少しだけ羨ましい。


 でも、元気になってもあそこまでは出来ないな。痛いのは嫌だし、たまに気絶までしてるし……。


 あの子から先生と呼ばれている人たちも、もうちょっと優しく……考えて教えてあげたらいいのに……。


 強くなるためには、ずっと戦い続けるのが一番いいのかな? そこら辺のことはよく分からない。


「プリシラ様は……最近、アラン様のお話をよくされますね」

「そ、そうかな?」


 気付くと私は、その男の子のことを考えている時間が増えていた。


「そろそろ普通にお会いしてみては?」


 ある時、ニナが私にそう提案する。


「え……?」

「もうすぐ、精霊祭があります。そこへアラン様もご出場されるので……プリシラ様が応援してくだされば、きっと喜んでくれると思いますよ」

「で、でも……まだ、ちょっと……怖いよ……」

「もちろん、無理にとは言いません」

「うん…………」


 本当は、会って話がしたいと思う。


 だけど私の記憶の中のお兄さまは、嫌な人で、怖くて、意地悪ばかりしてくるから……どうしても許してあげる気になれない。


 話したら嫌いになっちゃうかも。


 それに、記憶にある意地悪なお兄さまと、私がいつも見ているあの男の子が、自分の中で一つになってしまうのも嫌な感じがする。


 どうすればいいのか分からなかったから、私は友達に相談した。


「簡単な話よ……プリシラのお父さまの前で、気が済むまでぶっ飛ばしてやりなさい。変わったのが演技だったら……きっとそれで本性を現すわ。けれど、そうなってもあなたのお父さまが守ってくれる」

「う、う~ん?」


 そうかな?


「向こうが手を出して来なくても、目を見れば怒っているのかどうかくらいは分かるでしょう? あなたは鋭い子だから」

「だけど……」


 そこまで言いかけて、私はふと「あの子だったら、怖い相手にもきっとそうやって立ち向かうんだろうな」と思った。


「……まずそうだったら私の所へ来ればいいの。……精霊祭の間は、向こうが何もできないように守ってあげるわ」

「……う、うん。じゃあ……やってみる!」


 そうだ。ちゃんと立ち向かって、それでもう前の嫌なお兄さまのことは忘れよう。


 毎日頑張っているあの男の子は別人。私の新しいお兄さま。


 新しいお兄さまとは昔からずっと仲良しな兄妹で、今はちょっとだけ喧嘩しちゃってるけど、これから仲直りしてまた仲良く暮らすんだ。


 そうやって思い込めばいい。自分の気持ちを騙すことは得意だから。


 それに、今のお兄さまのことは本当に尊敬している。ちゃんと会ってお話しがしたいのも本当。

 

「……とはいえ、無理はしないでちょうだいね。怖かったら私も付き添うわ。そして、代わりにアランを――」

「ひ、ひとりでも大丈夫っ!」


 ――そうして、私はお兄さまと会うことにした。

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