第23話 事件発生


 闘技場の脇にある剣士の訓練場にて。


「もういっがいやりなざいよおおおおおおっ!」


 俺はグレンダに泣きながら縋りつかれていた。


「いや、あの……」

「ひっぐ、うえええええんっ! もういっがい! やっでよおおおおっ!」


 大会優勝者だし、割と最初から本気を出してやろうと思って試合をしたら、一瞬でグレンダの胴体に木剣をぶち当てて派手に吹き飛ばし、あっさり勝ってしまったのである。


「うわあああああああんっ!」


 ……実に厄介なことになった。


 ものすごく負けず嫌いっぽいし、もっと苦戦を演出するべきだったな。


 しかし残念ながら、俺はそういった類の手加減が苦手だ。ましてや、わざと負けてやることなんて言語道断。アラン・ディンロードとしての無駄に高いプライドが許さない。


「ひっぐ、ぐすっ……もういっがい! もういっがいいいい!」


 じたばたと駄々をこねるグレンダ。


「やめてよ。そんな子供みたいな……」


 子供だったわ。


 ドロシアとレスターが年齢の割にしっかりしてたから、同世代の奴らが子供だってこと忘れてたぜ。


「良いじゃない、もう一回やってあげたら?」


 その時、野次馬のドロシアが口を挟んできた。


「で、でも、何回やってもアランが勝つと思うな……」

「わたし、早くお兄さまとお祭り行きたい!」


 同じく野次馬のレスターとプリシラは、すでに若干飽き始めている。


「………………」


 ニナはそんな三人の後ろで何も言わずに事の成り行きを見守っていた。


 わがままを言うグレンダに対する視線が怖い。


「どうしようかな――」

「その心意気や良し!」


 俺が困り果てていると、突然ダリア先生が叫んだ。


「気の済むまで相手をしてやるんだ、アラン君! はぁ、はぁ、彼女にっ、力の差をっ、これでもかというほど思い知らせてやれ…………っ!」

「でも…………」

「人は挫折をして強くなる!」

「………………」


 ちなみに、試合の審判はたまたま通りすがったダリア先生がやってくれている。


 ……原作で師弟関係なだけあって、なんかグレンダに感情移入しちゃってるし、正直頼む相手を間違えたな。


「……立ってよグレンダ。そんな風に泣かれると、僕が悪者みたいでしょ?」


 俺はそう言って、転げ回るグレンダに手を差し伸べる。


「ぐずっ……もう一回……やって、くれるのぉ……?」


 グレンダは目を潤ませながらこちらを見てきた。


 その目に深く心を動かされた俺は言う。


「やらない」

「え…………?」

「泣けば意見が通ると思わないことだね!」


 静寂に包まれる訓練場。


「抑えなさい、アラン。本性が出ているわよ」


 ドロシアが冷たい口調で言う。


「お兄さまひどーい!」


 言葉とは裏腹に、満面の笑みを浮かべるプリシラ。……やはり血は争えんな。


 しかしまずい。泣いてる人間を見ると揶揄からかいたくなるアランの癖がこんな時に……!


 ドロシアが悔し泣きしてる時はちゃんとそれっぽいこと言えたのになぁ……。


「う、うえええええええええええええん!」


 案の定、大号泣するグレンダ。


「泣けば意見がとーると思わないことだねっ!」

「真似をするのはやめなさい、プリシラ。はしたないわ」

「はーい!」 


 ……確かに、俺が好き勝手な言動をするのはプリシラの教育上よろしくないな。


 もっと手本となるような心優しい人間にならなければ……!


「……ごめん、今のはうっかり口が滑った。えっと……もう一回やろ!」


 俺はグレンダに向かって半ば投げやり気味にそう言った。

 

「えっぐ……もう、いいわ。……ずびっ、あんたの言う通りよ……アラン・ディンロード……っ」

「…………?」

「負けて大泣きするのは……あたしの悪い癖ね……っ」


 急にどうした?


「直しなさいって、お父さまからよく言われるもの……ひっく!」


 言われてみれば、原作でも負けたら基本的に泣いてたな。あれは命乞いだから現在の状況とは違うかもしれないが。


「それに……精霊祭は明日まであるんだから、そっちで勝てばいいわっ!」

「え? 僕、明日何かやらされるの?」

「……は? あんた、知らないの?」

「な、何を……?」

「明日は『獣狩りの儀』があるでしょ!」

「それは知ってるけど……」


 確かに、精霊祭の三日目には闘技場周辺に放たれた魔獣を倒して得点を競う『獣狩りの儀』という野蛮な儀式が行われる。


 しかし――


「あれに参加できるのはこの国の成人――だから十六歳以上でしょ?」

「『力比べの儀』で優勝した子供は、特別に出場できることになってるのっ! 知らないにしても、優勝した時に参加するか確認されたはずでしょっ!」

「…………そうだっけ?」


 首を傾げる俺。そんなこと、言われた覚えがない。


「ああ、あれは私とメリアが予め断っておいたぞ。最悪死人が出る危ない儀式に、アラン君を参加させる訳にはいかないからな。……グレンダ。強いといってもまだ子供なんだから、君も無茶はしない方がいい!」


 ……なるほど。先生達はそういう所で俺に対して過保護だからな。俺は別に参加しても良かったんだが。


 そろそろ、魔物を相手にする訓練をしても良い頃合いだしな。


「な、なによ……それっ!」

「……そういうことらしいから、ごめんね」

「ひぅっ、ひっ、ひっ、ひぐっ……!」


 あ、また泣く。


 俺がそう思ったその時。

 

 ――グオオオオオオオオオッ!


 突如として、巨大な魔獣が訓練場の壁を突き破って侵入してきた。


「きゃあ!?」

「私の後ろに隠れて下さいっ! プリシラ様っ!」

「あれは儀式用の魔獣じゃないかっ! 一体どうなっているんだっ!」


 叫びながら剣を抜いて構えるダリア先生。


「私が引きつけるから、皆はその間に逃げるんだッ!」


 ……おいおい魔獣逃げ出してるじゃん。

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