第22話 前と後ろで挟まれるアラン
そんなこんなで、俺は動けなくなった迷子のドロシアを渋々背負って、闘技場の出口を目指していた。
「誰もいないわ……」
通路を歩いていると、ドロシアが小さな声でそんなことを呟く。
「表彰式も終わったからね。みんな帰ったんじゃない?」
「そうね……。もう、大会は終わってしまったものね……」
どうやら感傷に浸っているらしい。
「私……決勝戦で負けてしまったわ……。あと少しで……優勝だったのに……」
「相手も強かったし、仕方ないよ」
「分かっているけれど……っ」
ドロシアの腕に力がこもるのを感じた。背負っている俺の体が締め付けられて苦しいので、やめてほしい。
「どうして……涙が出てくるのかしら……っ」
ドロシアの声が震える。
そういえばさっきから、俺の肩にぽたぽたと何かが垂れてきているな。
……泣いてたんだ。
「負けて悔しいからでしょ。普通のことだよ」
やはり、さっきは少し無理をしておどけていたのだろう。
俺には分かる。――あのレベルの魔力制御はそう簡単に出来るものではない。
何だかんだで、ドロシアも大会に勝つため魔術と真剣に向き合ってきたのだ。
「そう……なのかしら……? 私、本当は大会なんて……出たくなかったのだけれど……」
もっとも、本人は自覚していないようだが。
「でも、プリシラが応援してくれて……それに、私が優勝するくらい強ければ……レスターも、虐められなくなるだろうって……そう思って……っ」
「ドロシアなりに、色々と考えてたんだ」
「ええ、そうよ。これでも……私なりに、考えていたの……っ」
二人きりだからなのか、そんな胸の内を明かしてくるドロシア。
レスターの姉――ホロウズ家の長女として、色々と背負い込んでいたことは分かった。
「……準優勝だって立派な結果だし、ドロシアは頑張ったよ」
「でも……っ」
「それに、この大会でレスターがすごく強いってことも知れ渡ったから、虐められることだって無くなるんじゃないかな」
「…………。そうだと、いいのだけれど」
そもそも、レスターは魔力が強すぎて相手を殺しかねないから反撃しないだけだしな。
言ってることは心優しい悲しき化け物だぞ。
要するに、本人が力を制御出来るようにする方が手っ取り早い。
「今のうちから悩んだって仕方ない。……ああ、そうだ。今度、僕がレスターに魔力制御のやり方を教えてあげるよ」
「あの子は……暴れ馬みたいに手強いわよ」
「だろうね」
確かに、魔法が爆発するとか意味分かんないしな。だからドロシアでも教えられなかったわけか。
……メリア先生と二人がかりなら、どうにかなるだろうか?
いや、でも純粋無垢なレスターにあの痴女を引き合わせるだなんて、人の道を外れた行いなのでは……?
俺は唯一の友達を売り渡すようなことは出来ない!
……とりあえずは俺一人で教えよう。
「ふふ、けれど良かったわ。レスターにも優秀な先生が付いてくれるみたいだし」
「う、うん。マカセテヨ」
「……こんなことなら……私が出過ぎた真似をする必要もなかったわね」
一呼吸おいてから、ドロシアはこう続ける。
「あなたの前で泣いてしまったのが馬鹿みたい。恥ずかしいわ……」
どうやら、根本的に自分のことを理解していないようだな。
「――いや、違う」
「…………え?」
「ドロシアが試合に負けて悔しいことに、レスターとかプリシラは関係ないよ」
沈黙するドロシア。俺の言っていることが不服なのだろう。
「ただ、同世代の女の子の中では自分が一番強いと思ってたのに、グレンダくんに負けたのが許せなかっただけ」
「な、なによ……私の心を勝手に決めないでちょうだい……」
気づいてないみたいだが、いきなり俺に宣戦布告してきた時点でドロシアはかなり好戦的な部類の人種だからな。
色々と話してくれたが、結局のところは普通に負けず嫌いなだけだろう。
「素直になりなよ。ドロシアは単純に戦って勝ちたいだけなんだからさ」
「や、やめなさい……! 私はそんな乱暴な性格じゃない……あなたの洗脳には屈しないわ……!」
なんだその反応。俺は事実を言っているだけなんだが?
「認めた方が楽だよ。――そしたら、次はグレンダに勝てばいいだけだから」
「簡単に言ってくれるわね……」
そう言った後、ドロシアは控えめに「ふふふ」と笑った。この期に及んで上品ぶりやがって……!
「でも…… 少しだけ、すっきりしたわ。こんなこと……いつもだったら誰にも話さないから……」
「……へぇ、そうなんだ」
「ええ、そう。なのにどうして、信用できないあなたに話しちゃったのかしらね……」
ドロシアにとってレスターは実の弟だし、プリシラも妹みたいなものだからな。
普段はお姉さんぶりたいのだろう。俺相手にはそうしなくてもいい。ただそれだけのことだ。
「ありがとう、アラン」
俺の耳元で優しく囁くドロシア。
健全な少年であれば顔を赤らめずにはいられないだろうが、こういうのはメリア先生で慣れてきっている。
なにせベッドに潜り込まれたことまであるからな。よく考えなくてもあれは犯罪だろ。大人しく捕まってくださいメリア先生。
「お礼に、後ろからむにむに「やめろ」
――しかしその行為は慣れていないぞ! アラン・ディンロードの無駄に高いプライドが激しく拒絶している!
「本性を表したわね……!」
「捨て置くぞ」
「…………ごめんなさい」
「……まあ、何にせよ元気になってくれたみたいで良かったよ。安心した」
「怒ったり、安心したり……あなたの情緒は一体どうなっているの……? 中に人間が二人いるんじゃない……? 恐ろしいわ……」
「………………」
急に核心めいたところを突いてくるのはやめろ。俺の方が怖いぞ。
「……あ、出口だ」
そうこうしているうちに、闘技場の出口へとたどり着く。
「待ちわびたわよッ!」
正面でグレンダが仁王立ちしているが、おそらく俺は関係ない。
「一応、外で集合する時間は決めてあるから、そろそろみんな待ってるはず――」
「待ちわびたって言ってるでしょッ!」
無視して脇を通り過ぎようとする俺の言葉を遮るグレンダ。
「アラン・ディンロードっ! あたしと勝負しなさいッ!」
「え、今から……?」
俺はその勢いに困惑する。
「そういえばあの子……私に勝った後に、『次はアランだ』みたいなことを言っていたわね……。もしかして、ずっとあなたを探していたのかしら」
そういうことはもっと早く教えて欲しかった。エンカウントしてからでは遅いぞ。
「あの……グレンダくん」
「グレンダでいいわ!」
みんな君付けで呼ばせてくれないんだが? 悲しいぞ。
「……じゃあグレンダ。その前に迷子を送り届けてもいい?」
「いいわよ、手伝ってあげる! ……ってドロシアじゃない!」
……今さら気付いたのか。
「心外ね。私は迷子ではないわ。迷っているのはそう……世界のほう」
――さっき迷子って自分で言ってたじゃん。
「終わったらちゃんと戦いなさいよっ! 優勝者同士でどっちが強いか決めるの! 最高でしょっ!」
「えー……」
そんなこんなで、俺は『力比べの儀』女子の部の優勝者に絡まれたのだった。
「安心しなさい! あんたごとき、一瞬で決着を付けてあげるわ!」
……ちなみに、この時グレンダが言い放った言葉は事実となる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます