第21話 落ち込むドロシア


「ドロシー……どこ行っちゃったんだろ……」


 心配そうに呟くプリシラ。


 グレンダに負け、惜しくも準優勝だったドロシアは、大会の後で治療所から姿を消していた。


 負けたことがショックだったのか、楽しい楽しい表彰式に出られなかったことがショックだったのかは分からない。あんまりそういうことで落ち込むタイプには見えなかったんだが。


「手分けして探そうか」


 俺は皆にそう提案する。


「うん! その方が早く見つけられるもんね! 急がないと!」


 真っ先に乗ってくるプリシラ。


 まずい。よくよく考えてみたら、プリシラに自由行動をさせると迷子が二人に増えそうだ。


「……ニナはプリシラに付き添ってあげて」

「は、はい。分かりました」


 仕方なく、俺はニナにそっと耳打ちをした。


「レスターはどうする?」

「ボクも賛成だよ。手分けして探した方が早く見つけられると思う。

 …………でも」


 それから、レスターは少しだけ言いづらそうにしながらこう続けた。


「しばらく……一人になりたいんじゃないかな……」


 ……まったくもってその通りだ。


 だがドロシアが見つからないとプリシラが悲しむので無理やりにでも引きずり出す!


 覚悟していろドロシア!


 *


 ドロシアの負けた相手――グレンダ・トゥイガーは、トゥイガー家の長女である。適性は雷属性。


 そして、原作だとこいつも例に漏れず魔石を取り込んで魔人化する。


 確か、悪事の限りを尽くしていた黒騎士のギルバートを討伐しようとしたら返り討ちにあい、震えながら命乞いをするくらいボコボコにされて、見逃してもらう代わりに魔石を無理やり取り込まされる羽目になってしまった色々と哀れなキャラだ。


 魔人化した後は正義の心や道徳心を完全に失ってしまうが、代わりにへし折られた自信が復活し、高笑いしながら強い冒険者を虐殺してまわる神出鬼没の魔剣士となる。


 そうして好き勝手に暴れたせいで最終的に主人公パーティに見つかり、再び命乞いをするくらいボコボコにされて、今度は見逃して貰えずに処刑されるのである。


 ちなみに、彼女に泣きながらとどめを刺すのはダリア先生だ。先生は原作だとグレンダの師匠をしていた時期が存在するのである。


 もしかすると、俺は師匠を奪ってしまったのかもしれないな!


 ともかく、そんな感じでストーリー本編から若干外れたなんとも言えない立ち位置にいるキャラなので、あまり印象に残っていない。


 ドロシアと当たるまで気づけなかったぜ。


 ……それにしても、まさかグレンダまで同世代だったとはな。


「原作で戦う順番的に、ドロシアよりもグレンダの方が強いのは道理か……」


 ドロシアを探して闘技場を駆け回りつつ、そんなことを呟いたその時。


「う、ぅぅ…………」


 突然、足元からうめき声がしたので思わず立ち止まる。


「……ドロシアくん?」


 そこには、ドロシアがうつ伏せで倒れていた。闘技場の通路で何やってるんだ。危ないな。


 気付くのが遅れていたら派手に踏み付けているところだったぞ。


「あなた……誰でも君付けで呼ぶのね……」


 ドロシアはおもむろに顔を上げて言った。


 ――アランはそういうキャラだからな。もはや精神の大半をアランに汚染された俺も、自然とそういった呼び方になってしまう。


 ……いや、どちらかと言えば俺が転生したことでアランの精神が汚染されたと言った方が正しいんだが、今はそんなことどうでもいいか。


「ゾワゾワするからやめてちょうだい。……せめて親しみを込めて……ドロシアちゃんか……ドロシア様と呼んで……」

「じゃあドロシアでいいや」

「本性を表したわね……!」

「………………」


 こいつ……すごく面倒くさいぞ!


「言っておくけれど、レスターにおかしな事を吹き込むのはやめてちょうだい。昨日から……様子がおかしいの」


 それはごめん。


「ところで、どうしてこんな所で倒れてるの?」


 俺は咄嗟とっさに話題を戻す。


「汚な――じゃなくて大丈夫? 起き上がれないなら手を貸すけど」

「それなら……少し顔を近づけて……」

「…………? こう?」


 いまいち言動について行けない俺は、仕方なくその場でかがみ込んで言われた通りにする。


 ――ガシッ!


「…………え?」


 刹那、目にも留まらぬ速さで伸びてきた二本の腕が俺の両頬の肉をつまんだ。


 それから、ドロシアは何も言わずに真剣な表情で俺の頬をむにむにし始める。


「………………なるほどね」


 しばらくむにむにした後、一人で勝手に納得するドロシア。

 

 おい、説明をしろ。


「遠くは及ばないけれど……不足していたプリシラ成分のひと欠片の……さらに百分の一くらいは補給できたわ……。さすが兄妹ね……」

「………………」

「80むにむにポイント……レスターと並んだわ。なかなかやるじゃない……」


 助けてレスター……。


「ごめん。意味が分からないから説明して」

「ええと、私自身のほっぺたが自己採点でパーフェクトの100むにむにポイントだから……それに並びうる自分のほっぺたを誇っていいわ。……ちなみに、プリシラは全てを超越した天使だから1000むにむにポイントよ」

「そっちの説明じゃない」


 今の俺は1000ムカムカポイントだぜ……! 貴様を必死で探し回っていた時間を返せ……! 


「……ええと……試合が終わったから、プリシラにこうして慰めて貰おうとしたのに、治療所から出して貰えなかったの。おかげで……もう限界寸前だったのよ……ここはどこ?」


 だめだ、説明を聞いてもわからん。


 要するに、プリシラに会えなかったせいでおかしな禁断症状が出たってことか? ひょっとしてこの人……ヤバいんじゃない?


 初対面の時は、抜けているところはあっても基本まともなのかと思っていたが……人として駄目な感じがするぞ。

 

「……ところでドロシア。……プリシラにも、あんなことをしてるの?」

「ええ。いつもお互いむにむにしあっているわ。蜜月の関係なの」

「………………」


 その時レスターの言葉を思い出した俺は、ドロシアを一人でそっとしておいてあげることにする。


「待ちなさい……。私、迷子だから……みんなの所へ連れていって……」


 しかしまわりこまれてしまった。


 這いつくばったまま、もの凄い速さで俺の目の前に移動したので正直怖かったぞ。


「まだ動けないから……背負ってちょうだい」

「…………わかった。治療所に連れて行くね」

「おねがいやめて」


 俺は兄として、この変質者からプリシラを守ってやるべきなのではないだろうか?

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