第15話 決勝で会おう!


 レスターとの試合を終えた俺は、控え室で一人悶々としていた。


 明らかにやり過ぎてしまったせいで、他の選手から露骨に避けられている。


 だが、そんなことよりも問題なのはレスターのことだ。


「お見舞いとか……行った方がいいのかな……?」


 調子に乗って気絶するまで魔法をぶつけるとか……どう考えても極悪非道な悪役がやることだぞ……!


 次の試合まではしばらく時間が空くし、とりあえずは治療所へ様子を見に行くか。


 せめてもの罪滅ぼしだ。


「よいしょっ……と」


 俺は椅子から立ち上がった。


「ひぃっ!」

「あ、あいつ……次の獲物を探してるんだ……!」

「全身から溢れ出す負のオーラ……『死神』の異名は伊達じゃないみたいだぜ……!」


 おいおい、なんか変なあだ名つけられてるぞ。完全に腫れ物扱いじゃん。


 これが……強者ゆえの孤独というやつか。


「………………」


 居たたまれなくなった俺は、そそくさとその場を後にした。


 *


 通路に出て、少しだけ迷いながらレスターがいるであろう治療所へと向かっていたその時。


「……見つけた。アラン・ディンロード」


 突然、背後から何者かが俺のことを呼ぶ声がした。


 振り返るとそこに立っていたのは、見知らぬ謎の美少女である。歳はおそらく俺と同じくらいだ。


 青紫色の髪に青い瞳をしていて、顔立ちはレスターによく似ている。

 

 ……となると、おそらく彼女がドロシアなのだろう。


 こちらはレスターと違って少し気が強そうだ。なんかすごい睨まれてる気がするし。怖いなぁ。


「ええと、はじめまして……かな?」


 とりあえず、俺は挨拶をすることで相手の出方を伺う。挨拶は大事なのだ。


「初めまして。私の名前はドロシア・ホロウズ。あなたがさっきボコボコにして治療所送りにした可哀想なレスターの姉よ」

「ご、ごめんなさい」


 俺が謝ると、ドロシアは目を大きく見開く。


「……意外と素直なのね。てっきり、何か嫌味で返してくるのかと思っていたわ」

「まさか。そんなことしないよ」

「プリシラをいじめていたのに?」

「…………」


 驚いた。ドロシアの口から妹の名前が出てくるとはな。


「……僕の妹と、知り合いなの?」

「大親友よ。だから、あなたのことも色々と聞いているわ」

「…………なるほどね」


 何その設定。初めて聞いたんですけど!


「……プリシラを泣かせる最低最悪のクズ野郎、なのでしょう?」

「あはは、否定はできないな」


 俺、嫌われすぎだろ……。クソガキだった頃の記憶を思い出す限り、まったくもってその通りなのが悲しいぜ……!


「けど、今は反省してるよ。……だから、プリシラにも謝って仲直りしてもらったんだ」


 あ、でもさっき冗談言って泣かせたな。もしかしたら俺はあまり反省していないのかもしれない。


「そんな簡単に許されていいのかしら?」

「僕もそう思うけど……プリシラは優しいから」

「……それもそうね。あなたの言う通りだわ」


 その瞬間、明確にドロシアの警戒が緩むのを感じた。


「驚いたわ。思っていたよりもちゃんと妹のことを見ているのね」

「……そうかな?」

「人の心がないのかと思っていたけれど、最低限は備わっているみたい」

「………………」

「ほんのすこーーーーーしだけ……見直したわ」


 少しプリシラを持ち上げた途端にこれとは、意外とちょろいなドロシア。


「あなた、意外と良い人なのかしら? それとも、ただそう見えるように振る舞っているだけ? 一体、何を考えているの……?」

「……いいや、別に何も。ただ、誤解されやすい性格ってだけじゃないかな」

「……ふぅん」


 うわ、すごく疑われてる。そんな目で見ないで! 意外とチョロいとか思ってすみませんでした!


「……まあいいわ、そういうことにしておいてあげましょう」

「こんな場面で嘘なんかつかないよ。僕を信じて!」


 俺はキラキラと輝く目で訴えかける。


「嫌よ。なんとなく、嘘くさいもの」

「そんな……」


 俺は普通にショックを受けた。ぼく……このひときらい……!


「なんというかあなた……全てを裏で操っている黒幕みたいな感じがするのよね」

「何もしてないのに……」

「誤解されたくないのなら……いちいち思わせぶりなことを言う癖、直した方がいいわよ」

「………………」


 そんなこと言ったっけ? というか、どちらかといえばドロシアの方が思わせぶりな話し方をしている気がするんだが……。


「あはは……変な言いがかりはやめてよ。君の方が思わせぶりじゃないか」

「……面白くもないくせに、不敵に笑わないで」

「…………」


 泣いていい? 


「……とにかく、あなたがどうであろうとレスターの仇は取らせてもらうから、そのつもりでよろしくね」

「え……?」

「――勝ち上がりなさい、アラン。……私と戦う前に負けたら許さないわ」


 ドロシアは俺に向かってそう言い放ち、ビシッと決める。


「覚悟することね」


 ……だが次の瞬間。


「ど、ドロシアっ!」

 

 通路の向こう側から、レスターが慌てた様子で駆け寄ってきた。


「あら、レスター。そんなに走ったらいけないわ」

「へ、変なケンカとか売っちゃダメーっ!」

「……ケンカ? いいえ、私はアランと決勝で戦う約束をしただけなのだけれど……」


 いや、決勝で会おうと言われた記憶はないが……。


「だ、だから、その、ドロシアが参加するのは女子の部だからっ! アランくんとは絶対に戦えないんだっ! 

「へ……?」


 レスターから衝撃かつ周知の事実を告げられ、きょとんとした顔をするドロシア。


「……うん、レスターくんの言う通りだよ。どんなに勝ち上がっても、君と僕が試合をすることはないかな……」

「………………!」

「残念だけど、決勝じゃ会えないね。……ふふっ」


 今は面白かったから笑ったのでセーフだよな!


「………………っ!」


 自分の勘違いに気づいたドロシアは、顔を真っ赤にして黙り込んでしまう。肩はぷるぷると震え、涙目になっている。


 かわいそう。


「……ほ、本気のレスターに勝ったのだから、絶対に優勝して……っ! 言いたいことはそれだけよっ! さよならっ!」

「あ、待ってよドロシアっ! おーいっ!」


 結局、ドロシアは何故か俺の応援だけして逃げるようにその場から走り去るのだった。


「……はぁ……まったく」


 レスターは彼女の後ろ姿を見送った後、俺の方へ向き直る。


「……ご、ごめんなさいアランくん。ドロシアから変なこと、言われませんでしたか……?」

「う、うん。僕は大丈夫。それより、さっきの試合の怪我は……」

「ぜっ、ぜんぜん平気です! だから心配しないでください」

「よかった。……ごめんね」

「あ、謝らないでくださいっ! ……そ、その、アランくんの魔法……すごかったですからっ!」


 真っ赤な顔で言うレスター。姉弟そろって恥ずかしがり屋とは、実に微笑ましいな!


「アランくんと試合してから……ずっと……身体が熱くて……!」

「そうなんだ……」


 戦闘狂じゃん。それはちょっと引くかも。


「ボ、ボクもアランくんのこと……応援してますから、がんばってくださいっ!」

「う、うん。ありがとう……」

「アランくんふぁいとっ!」


 ……でも可愛いからいっか!

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