ゼノンとテオ

 悪役。


 知っての通り、それはゲームや物語で主人公の敵として登場する者達のことだ。


 なぜ悪事を働くのかと問われれば、彼らにも何かしらの理由があったりする。


 その辺にも抜かりのないのが、このTRUE NORTHF ANTASY というゲームの特徴でもある。


 もちろん、言い方はおかしいが、ゼノンにもちゃんと後ろ暗い過去が用意されている。


(当事者になった今だと全く嬉しく無いけどね)


 しかし実際に悪役になってしまった身からすると、一方的に誰かを悪とみなすのはどうかとも思ったり。

 そんなもの、物語の書き手や主人公の都合によるものなのだから。


 故に路乃は思うのである。


 悪役であろうと、自ら悪事に手を染めなければそれは悪役では無いのでは?、と。


 大人しく主人公に倒されてやる必要など無いのだと。


(まあ倒されるビジョンが見えないけどな。主人公が団体で来てもピンピンしてるだろうし、ゼノンコイツ


 悪役であろうとなかろうと、路乃は路乃である。


 何もゲームのゼノンと同じように振る舞い、悪事に手を染める必要など無い。


 そう考えるとやはり路乃は思うのである。


 悪役だろうがラスボスだろうが関係はない。

 どこか田舎に引きこもり、家を建てるなりしてひっそりと生きようと。

 決して俗世に関わるまいと。


 これ以上路乃が勝手に動き、ストーリーを自分の良いように弄ってしまえば、どうなるのか見当もつかない。

 想像したくもない。


 路乃は、既に死ぬはずのモブ、――テオを助けてしまった。


 モブの1人や2人なんだと思うかもしれないが、ゲームが意図していたストーリー展開では無いのは明白。

 ゲームをやり込んできた路乃だからこそ分かる。

 今まで一度たりとも無かった展開である。


 下手な展開へとつながり、自分の首を絞める事だけは勘弁願いたい。


 何故そんなことを恐れているのかと言えば、路乃が今いるこの世界が、TRUE NORTH FANTASY の世界であるからだ。


 つまり、あの変態難易度で性格の悪いクソゲー要素満載の世界ということだ。


 どこに未だ路乃の知らない地雷が隠されているか分かったものではない。


 そして最も重要なのは、路乃が今いる場所がモニターの前では無く、現実であるということ。

 つまり、今回ばかりはやり直しが効かない。

 失敗すれば、文字通りDEAD END。

 死ぬかもしれないのだから。


 故に、やはり路乃はストーリーの根幹には関わるまいと心に誓うのである。


 これから何度か訪れる世界の危機、そんなものは主人公が何とかしてくれるだろう? と。


(いやしてもらわんと困るんだがね。主に俺が)



 と、そんなことを考えながら、路乃はとある屋敷の奥でゴソゴソと棚を漁っていた。


 案の定、目的のは厳重に保管されており、何層にも渡って【結界】が施されていた。


 ――が、幸か不幸か、【結界】に関する魔法はゼノンの専売特許である。


 結界を張った誰かには申し訳ないが、路乃は特に苦労することなく【結界】を破り、中身をありがたくご開帳する。


 始めは誰かに見つかったら何かされるのではないかとドキドキしたが、どうやらそれは杞憂のようであった。


 途中ですれ違った屋敷の使用人がゼノンをチラチラと見てはきたものの、彼らにとって屋敷にゼノンがいるのはいつものことなのだろう。


 特に気にした様子もなく歩き去っていった。


 まあ、当たり前と言えば当たり前ではあるのだが。


 なんせここは、"ゾディアール伯爵家"の本邸、つまりゼノンの実家なのだから。


(さすがは伯爵家。上物のエリクサーがたんまりある)


 ゼノンはニヤリと悪魔的な笑みを浮かべ、エリクサーと呼ばれる回復薬をポケットに仕舞い込んだ。


 そして【結界】を元通り張りなおし、部屋を後にしようと踵を返す。


 ――が、その際、隣にあった鏡を不用意に見てしまい、不意に「ぬぉ!」と声を上げてしまう。


 そこに写っていたのは、悪辣と悍ましさを凝縮したような、悪役に相応しい笑みを浮かべるゼノンの顔。

 つまり、自分の顔である。


(うわぁ……。何コレェ。悪役にしても気合い入り過ぎだろ。子供が見たら泣くぞ)


 いざ実際に自分の姿を鏡で見てしまうと、本当にゼノンになってしまったのだなと、改めて路乃は思った。


 同時に、人前で笑う時は気をつけねばと心に誓う。


 嫌なものを見てしまったなと、路乃はそっと鏡を伏せるのであった。





 ◆





(死んで無いよね?)


 屋敷からエリクサーを持ち出したゼノン――もとい路乃。


 虫の息のテオを救うため、急いでエリクサーを準備したまでは良いものの、間に合わず死んでましたでは笑えない。


【結楯】と【結槍】を解除した路乃は、テオの息など確認せず、問答無用でエリクサーを口の中にぶち込んだ。


 するとテオの身体から光が発生し、みるみるうちに怪我が治っていく。

 裂傷や打撲跡は綺麗に塞がり、折れた骨は正常な角度へ、というように。


(ザ・ファンタジーな光景だな。現実とは思えねえ……)


 目の前の非現実的な光景に若干引いている路乃だったか、何とか間に合ったことに安堵の息を吐き、胸を撫でおろす。


 しかし、テオは依然として意識を失ったままである。


 救ってしまった手前、今後の事を話し合わねばならない上、あまり時間もない。


 特に"ゾディアール家"の者に見つかればえらい事になる。



(俺の"田舎でひっそりスローライフ"のためにも、ここは何としても物語との辻褄を合わせねばならないからな。これ以上ストーリーから逸脱するのはヤバい。マジでヤバい。とにかく、今はテオを起こしてから、俺に都合の良いように説得せねば!)



 などと思いながら、路乃は息を吸い一言。



「下賤のクズが。 いつまで寝ているつもだ」



(――ん? あれ?)


 路乃は思考が停止する。


 路乃は頭の中で、「ボコボコにしてすまんかった。起きてくんない?」と言ったはずである。


 だが実際にゼノンの口から出たセリフは、全くもって見当違いのセリフ。


 路乃は嫌な予感がする。

 この胸を侵食するような違和感は何であろうか。


 ゼノンの凶行は終わらない。


 あろうことかテオを蹴り飛ばし、フンと鼻を鳴らしながら「ゴミが」とコメントまで付ける始末。


 無論、これは路乃が意図してやったことではない。

 の身体が勝手にやったことだ。


 自分の身体が思い通りに動かず、勝手に動作を始めるなど、もちろん路乃は初めての経験である。


 唖然として現状を傍観している路乃であるが、その感覚は何とも違和感のある気持ちの悪いものだった。


 悪役になどなるつもりは無いと言ったのは誰だったか。


 こんなもの、どこをどう見ても悪役である。



 蹴り飛ばされたテオ。


 さすがに目が覚めたのか、土煙の中を痛みに耐えながら立ち上がる。


 顔面から蹴り飛ばされたせいか、テオは顔を押さえながら苦悶の表情を見せる。


 だが、同時になぜ立ち上がることができたのか疑問符が浮かぶ。


 あれだけ酷かった全身のキズが治っている。


 おまけに今しがたブッ飛ばされたことを除けば、身体の調子がすこぶる良い。


 そしてテオは意識がすぐに鮮明となり、ハッと顔を上げ、――ゼノンへと憎しみのこもった視線を向けた。



「お前……! 彼女を! シェナをどこへやった!」



 ギリリと歯を食いしばりながら睨みつけてくるテオ。


 対するゼノンは、そんなテオを見ながら下卑た笑みを返す。



「喚くな下郎。この俺が口を聞いてやるのだ。その不遜な態度、――命が惜しく無いと見える」



「ふざけんな! なんなんだよお前! シェナを返せ!」



 テオはそう叫ぶと、側に転がっていた剣を拾い上げ、まっすぐゼノンへと駆け出した。


 あれだけボロボロにされておいてまだ向かってくるとは、さすがの路乃も下を巻く。


(有無を言わずに正面から攻撃かよ。話し合いの余地すら無いのか。シェナといい、お前といい、どんだけ嫌われてんだ俺。いや、まて。今はそんな事考えてる暇は――)



 ゼノンが口角を吊り上げる。



 ――【無属性魔法 : 結槍】



 路乃が目を見開いた。


【結槍】を発動させたのはではない。


 路乃の意思に関係なく、――が発動させたものだ。


 狂気に駆られた笑みを浮かべるゼノン。しかし彼は同時に、苦虫を噛み潰したような表情になる。



(ダメだ、制御が効かない! せっかく助けたテオをまた殺そうとしてんのか!? 何の冗談だよ! どんだけテオのこと殺したいんだよゼノンこいつ! ……だったら、――だったらまた相殺してやる!)



 は左手を振りかざし、魔法を発動する。



 ――【無属性魔法 : 結楯】



 放たれた【結槍】がテオに迫る。


 が、直前に路乃が滑り込ませた【結楯】がテオの正面に発動し、ぶつかり合った2つは結晶となって弾け飛ぶ。


 すると次の瞬間、路乃は自分の中を侵食していた違和感が薄れて行くのを感じた。


 まるで今の数秒間、身体を半分ほど乗っ取られていたかのような感覚だった。


 嫌な予感がする。


 またいつ身体の制御を奪われるか分からない。


 路乃は、いよいよ無駄な時間をかける余裕が無くなったと、焦ったようにテオへ肉薄するのだった。





 ###





 目の前で【結槍】と【結楯】が弾け飛び、テオは何が起きているのか分からず困惑している。


 キラキラと輝く結晶の破片。それは【結槍】と【結楯】が相殺された際に出来た破片である。


 月明かりに照らされた結晶が夜空に舞う。


 これが敵の魔法であると理解しつつも、テオはそれが綺麗だと心から思ってしまっていた。


 しかし、テオにそんなものにうつつを抜かしている余裕はない。


 あの恐ろしく強い少年――いや、悪辣な笑みを浮かべる黒髪の悪魔と言うべきか。



 弱冠10歳にして、戦闘技術に関しては村でも指折りの実力を持っていたテオ。


 だが、今はそんな自負など、あの黒髪の少年を前にしてはあまりにちっぽけなものであったとテオは思い知らされる。


 同時にシェナの顔を思い出したテオは、剣柄を深く握りなおし、脚を更に大きく踏み出した。


 目の前で何が起きたのかは理解できないが。

 が、ともかくこれは好機である。


 青い槍や楯を繰り出す魔法を見たのは初めてであるが、所詮敵は魔法師。


 距離さえ詰めてしまえば、剣士であるテオの土俵である。


 故にテオは視界を覆う結晶の破片に紛れ、黒髪の少年へ奇襲をかける。


 ――が。



「なッ……!」



 突如目の前から現れた腕に胸倉を掴まれ、テオは後ろへ力任せに押し倒される。


 ガハッと、肺の中から強制的に空気が押し出さる。


 乱された呼吸と体勢。

 背中と肺の激痛に顔を歪めながら、テオは目を見開いた。



「死にたいのかお前! 正面から突っ込んできやがってバカが! 俺の実力は十分に見てんだろうが!」



 テオを正面から組み伏せたのは、やはりあの黒髪の少年だった。


 魔法師のくせに自ら肉薄してくるとは思っていなかったテオは、あべこべに自分が倒されていることに驚いていた。


 しかもよく見れば、黒髪の少年は自分よりだいぶ小柄だ。


 だが、テオはそれ以上に目の前の少年から違和感を感じていた。


 確かに悪辣な顔をしている少年であるが、何故か彼から先程まで感じていた悍ましさを感じない。


 それどころか、彼の言葉は、何故かテオの身を案じるようなセリフであった。


 死にたいのか……だと? 俺はお前に殺されかけたのだが? と、テオは黒髪の少年を見ながら思う。



「……ああ死ぬ気だよ! 刺し違えてでも、絶対にお前を倒してやる! "ゾディアール家"なんかに! 血も涙もないお前らなんかに! シェナは渡さないッ!」



 剣を持った腕は脚で押さえ付けられ動かすことができない。


 上半身は上からものすごい力で地面に固定されており、テオは文字通り手も足も出ない状態だ。


 ゆえに、今のセリフはテオの精一杯の強がりである。


 テオにもそれはちゃんと分かっていた。


 震える口が、同じように言葉尻を少し震わせる。


 不甲斐ない。


 情けない。


 ちくしょう――。


 目端から、涙が後ろへ線を描いた。



 また下卑た顔と声で言葉を一蹴されるのだろうなと思っていたテオ。


 しかし、黒髪の少年から返ってきたのは、何ともイライラとした表情だった。



「まったく呆れた……。本当におめでたいやつだなお前。そんなんだからモブとして死ぬハメになんだよ」



「は……モブ? 何訳わかんねぇこと言ってやがる! この悪魔が! 俺はまだ死んで無い!」



「ピーピー喚くなうるせえ。面倒だから結論から言う。耳かっぽじってよく聞けよ。兎も角もだ。あの女、――シェナを助けたかったら俺に協力しろ」



「な、何言って――」



「時間がねえんだよ。助けたいのか、助けたくねぇのか」



 ――助けたい。


 そう心の中でテオは呟いた。


 だが、敵であったはずの男があまりに予想外の行動に出ており、思考が現状に追い付いていない。


 助ける? 


 ゾディアール家の人間がシェナを? 


 あり得ない、と。


 自問自答を反芻し、何度自身に問いただしても返ってくるのは疑問符と不信のみ。


 目の前の少年が、シェナの助命を申し出て来る意味が分からない。


 そんな事をする理由も、必要も無いはずだ。


 だが悔しいが、今の自分ではこの黒髪の少年に万が一にも勝てる見込みなど無いことは、テオ自身が1番よく分かっていた。


 魔法はもとより、自身が最も得意な近接戦ですら勝てる気がしない。


 そんな相手がわがわざ取り引きを持ち掛けてきた上、シェナの助命を申し出てくるのが、テオは不思議でならなかった。


 が、テオはなぜか彼が嘘を言っていようには思えない。



「……し、信用できるか」



「信用? 笑わせんな。そんなもんが何になる」



「ッ……! ああクソっ! なんなんだよお前……! 一体何がしたいんだよ! 何が望みだ!」



 額に汗をかきながら、テオは精一杯の去勢を張りながら少年へ問う。


 それを聞いた黒髪の少年。


 彼は少しだけ眉根を動かし、小さく笑っていた。


 そして、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに堂々と答えるのである。



「――俺は根っからの戦闘狂でね」



「……は?」



「そうだな……5年やる。今より確実に強くなり、再び俺の元へ来い。その時までに、俺が半分の力を出しても死なない相手くらいにはなっていて欲しいけどな」



「……」



 絶句するテオ。

 何言ってんだコイツと言わんばかりの表情である。


 だが、どうも目の前の少年は本気らしい。


 無茶苦茶な内容ではあるものの、合点がいったとあっさり納得してしまった自分がいる。



「じゃあシェナは……」



「俺が預かる。知っての通り、シェナは俺の実家のゾディアール家に狙われているからな。未熟なお前に守られるより、よっぽど安全だと思うが? 無論5年後、お前が勝てばシェナを返してやる」



「……その言葉に、嘘偽りは無いな?」



「ねーよ。あったら、こんなまどろっこしいことしてないからな」



 数瞬思考を巡らせるテオ。


 拒否権など最初から無いに等しい状況であるが、敢えて黒髪の少年はこちらへ選択肢を提示してきた。


 シェナを助けるのか、助けてないのか、と。

 もちろん、テオは即答で前者を選択する。


 相手の腹づもりには合点が行ったが、これが全てでは無いのだろう。


 それくらいはテオにもわかった。


 だが、相手は未熟な自身に機会をやると言う。


 戦闘狂ゆえの、狂気を満たさんがために――。


 まるで最初から目の前の少年に全て仕組まれていたのでは無いかと思える状況。


 自分が首を縦に振る以外に選択肢を持ち合わせていない事など、彼からすればお見通しなのだろう。



「――」



 いいだろう、黒髪の悪魔め。


 今はお前の手の平の上で踊ってやる。


 だが5年後、お前を倒し、シェナは必ず取り戻す。


 テオはそう胸に誓いを立てると、自分を組み伏せる黒髪の少年を正面から見据える。


 そして真剣な瞳で一度だけ、コクリと頷くのであった。

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