ギャルゲーの最強悪役に転生した俺はひっそりと暮らしたい
ハムエッグ先輩
倒せないラスボス
「つくづく情けないやつだな。下民如きがつけ上がるから無様に死ぬ羽目になる」
「ぐ……!」
蔑まれた少年は悔しそうに声を上げた。
文字通り地べたを這い、すでに全身はボロボロである。
薄汚れた服には自身の血が滲み、顔は見るも無惨な状態。
だが少年は、これ以上無いと言わんばかりの憎しみを眼前の人物へ向けている。
「お前は絶対に許さない!」
その視線の先――
下卑た笑みを浮かべる黒髪の少年。
こちらは地面に転がる少年とは対照的で、仕立ての良い上質な服を纏っており、一目で高貴な家の者だとわかる。
尚も自身に反抗的な態度をとるボロボロの少年を前に、黒髪の少年は愉快そうにキシシと笑う。
憎悪のこもった視線を受けたというのに、まるで本人は意に介していない。
それどころか、その状況を楽しんでいるかのように口角を吊り上げている。
「お願い! もう十分でしょう! それ以上やったら死んじゃうわ!」
黒髪の少年の後ろ――
ボロボロの少年を思ってか、1人の少女が目に涙を溜めて黒髪の少年へ嘆願する。
こちらも高貴な家の出身なのだろう。
仕立ての良い服を着ている。
が――、その服も泥だらけで今は見るも無残な状態だ。
少女は見えない結界の様な壁に囲われ、そこから身動きがとれないでいる。
何度もそこから抜け出そうとするも、壁はびくともない。
それでも少女は、泣きながら地面に転がる少年を助けようともがいている。
そんな少女を黒髪の少年が一瞥し、さらに口角を吊り上げて夜空へ歓喜の笑い声を上げる。
怒気と悲嘆。
黒髪の少年はその2つを全身で浴び、狂気に駆られたように笑い声を上げる。
そんな彼を絶望の表情で見ていた少女は、涙を流しながらペタリと地面へ座り込んだ。
ボロボロの少年も、苦虫を噛み潰したような表情をし、これ以上は何をしても無駄だと抵抗を止める。
ひとしきり笑い終え、もう我慢の限界だと言った表情になった黒髪の少年――ゼノン。
彼は最後にキヒっと小さく笑うと、恐ろしく穏やかな声で呟いた。
「じゃあ、殺すね」
◆
「なんだよコイツ……チート過ぎるだろ」
何日ぶりであろうかと思うほど、実に久しぶり発した言葉。
それは会話ではなく、目の前のモニターへの独り言だった。
真っ暗な部屋の中。
モニターに向かってカタカタとキーボード鳴らす男。
彼は世間一般で言うニートと呼ばれる人々の1人である。
モニターを見つめながら、何やらどうにもうまくいかないと頭を悩ませている。
ふーっとため息をつきながら身体を椅子の背もたれに預けた男――須川
「まいったな……、完璧に準備してボコりに行ったはずなんだけど」
さすが未だ1人として完全クリアを成し遂げた者がいないとされるゲームである。
何千時間とやり込んだゲームであるが、その知識や技術を総動員してもどうにもならない状況が目の前にあった。
"TRUE NORTH FANTASY"
男性を対象にした美少女恋愛シミュレーションゲームで、いわゆるギャルゲーというやつだ。
建前は恋愛シミュレーションゲームであるが、その実態は高難度戦略型RPGである。
肝心の恋愛シミュレーションよりも、戦闘や戦略の方が難易度が高いといったふざけた仕様だ。
簡単に主要キャラが敵にぶっ殺されてしまうので、路乃は何度もモニターを叩き割りそうになっている。
主要な攻略相手となる登場人物は5人。
彼女ら全員の好感度を上げ、数ある強敵をトライアンドエラーで屠りまくり、やっとこさ引き摺り出した今作品のボスキャラ――ゼノン。
こいつがまたべらぼうに強く、主要人物全員の協力と、数あるチートアイテムを駆使しても一向に倒せる気配が無い。
どうせまたふざけた強さなのだろうと予想はしていたのだが。
今できうる万全の体制で挑んではみたものの、まるで歯が立たないのだ。
「チートどころかインチキだろこんなの。どうしろってんだよこんな規格外」
強いなんてものではない。
正攻法じゃゲージの端を削ることすらできそうもないのだから。
完全にゲームシステムの盤外にいるキャラである。
製作者はクリアさせるつもりがないのだろうか。
(もしやあれか? 倒すことが完クリと関係が無いのか? 隠し要素? そもそも倒す必要が無いのか? バグ?)
いや、そんなはずはない。
ここまでの手順は完璧のはず。
どんな些細で小さな分岐点もしらみ潰しに辿ってきたのだ。
現状の立ち位置がこのゲームにおける最適解であるのには自信がある。
だが……
完クリのため、ゼノンへ対し様々なアプローチをかけたがどれもダメ。
そもそもこのゼノンというキャラ。
情報が他のキャラより圧倒的に不足している。
鬱イベントに何度も絡んでくる頻出キャラではあるが、その背景は謎のベールに包まれたまま。
調べようにも彼に近づいただけでキャラが死ぬのだ。
こんなもんどうしろと。
うん、完全に詰んでいる。
ゲームオーバーというやつだ。
「まったく……こちとら何千時間やったと思ってんだよ。最初から完クリ不可能ならやるんじゃなかったわ……、寝よ」
クリアできないとわかるとドッと疲れが出てきた。
昨日の昼から今日の夜までぶっ通しでゲームをしている。
逆に今までよく寝ようと思わなかったなと感心してしまうほどに。
路乃は「この会社のゲーム2度とやんね」などと悪態を吐きつつ椅子から立ち上がると、ため息を吐きながら布団に潜り込む。
なんとも不完全燃焼だが仕方がない。
2度とやらんとは思ったが、どうにも諦める気になれないのはゲームオタクの
(まあいいだろう。一度頭を冷やそうじゃないか)
目を閉じ、眠りに付こうとすると、モニターから「ピコン」と音がした。
本来鳴るはずの無い音である。
チャット通知? ソロの自分に連絡を取る仲間などいないが。
路乃は目を開け、「んだよ」と言いながら布団から起き上がりメガネをかける。
椅子に手をかけ、目を擦りながらモニターを覗き込む。
ぼやけた視界。
そのピントが少しずつ合い、通知を見る。
――【NONAME『逃げて』】
初めて見たチャット通知。
そこにはただ一言、逃げろと書かれていた。
「……」
ぽりぽりと頭をかきながら数秒モニターを見ていた路乃は、半目で「うーむ」と唸る。
そしてすぐに結論を出した。
「しょーもな。なんだよこのいたずら」
これでも根っからのゲーマーである路乃。
だてに人生をゲームにかけちゃいない。
ネトゲでボコボコにした相手は数知れず。
恨まれているかと聞かれれば、心当たりがあり過ぎて困るくらいだ。
通知を消し、路乃は再び布団へ入ろうとする。
だが、それは叶わない。
「……?」
喉から口内に生暖かい液体が沸きあがった。
それを抑えきれず、路乃はゴフッと前に吐き出す。
赤黒いそれを自身の吐血だと理解するには、少しだけ時間を要した。
吐血は床ではなく、目の前に立っている人物へ盛大にぶちまけられる。
路乃が自身の身体に目をやると、その人物が自分の身体に刃物を突き立てているのがわかった。
(――刺された?)
刃物が引き抜かれると、路乃は力なく床に倒れ込む。
心拍数が上がり、ドクドクと自分の身体から出血しているのが分かった。
血の池が床に広がり、あたり一面が赤く染まっていく。
薄れゆく意識の中、路乃は虚な目を眼前の人物へ向ける。
真っ黒な装束に身を包んだソイツは、意外にも自分よりも背が低く、細身で華奢なのが分かった。
トドメを刺してくるのかと思ったが、追撃をしてくる気配はない。
まあ刺された場所がアレなだけに、血も止まりそうに無いからこのまま出血多量で死にそうだけど。
そんなことを考えていた路乃であるが、ふと先程のチャット通知を思い出す。
(――もしかして……、『逃げて』ってこれのこと? まあ誰かは知らないけどさ。もうちょっと――詳し――く、書いて――、欲し――かっ――、)
そこで、路乃の意識は途切れた。
◆
「じゃあ、殺すね」
(――ん?)
どっかのシリアルキラーなサイコキャラが口走りそうなその言葉。
いかにもクール系悪役がやられ際に言いそうなセリフである。
現実に聞くことは絶対に無い。
誰もがそう思うだろう。
――が、
そのセリフを発したのは路乃自身であった。
目の前にはボロボロの少年が地面に転がっており、悲壮にかられた表情で涙を流している。
身体の至る所から出血しており、骨も折れているのか曲がっては行けないところが曲がっている。
死にたくないと言う感情と、怒りが入り混った瞳。
そんな死に際の激情を向ける先は、まごう事なく自分だった。
目を背けたくなるような光景だが、何故か自分は狂ったような笑みで彼を見下ろしていた。
右腕に違和感を覚え、上に掲げている右手をチラリと見る。
右手の先、自身の頭上には数十本の青い槍が空中で静止していた。
その矛先は全てボロボロの少年に向けられていた。
冷や汗が額に滲んだ。
現状を受け止めきれず、苦し紛れに周囲へ視線をやると、1人の少女が絶望の表情と泣き腫らした目をこちらへ向けている。
(もしや、この状況は俺が作ったのか?)
状況は以下の通りである。
ボロボロの少年を前に、下卑た笑みを浮かべながら何十本もの槍を振りかざす自分。
そしてそれを止めようと泣き叫ぶ少女。
誰がどう見ても自分が悪者である。
夢でも見ているのかと問いたい。
だがこの現実感は何であろうか。
しかもこの状況――、これはまるで――
「――」
すると、空中に浮かぶ青い槍が光り出した。
目を見開き、路乃が「げっ!」と焦りだす。
なぜなら、路乃はそれが槍が射出される合図だと分かってしまったから。
(ちょっと待て! あーーくそ! すでに魔法発動した後じゃねえか!)
――【無属性魔法 : 結槍】
路乃の目端に光る文字が現れた。
【結槍】、その文字を見た瞬間、目を見開いた路乃はある可能性、だが絶対にあり得ない結論に至った。
(これ、――ゲームの世界じゃね?)
部屋で誰かに刺されたまでの記憶はある。だが、路乃は誓って目の前の少年を殺そうとした覚えはない。
路乃はこの場面に心当たりがある。
これは"TRUE NORTH FANTASY"の一幕で、ラスボスであるゼノンが最初に登場した残虐イベントである。
TRUE NORTH FANTASY のヒロインの1人である"シェナ"。
そんなシェナの幼馴染である"テオ"。
そのテオをゼノンが痛ぶり殺し、シェナにトラウマと復讐心を持たせる序盤の重要イベントである。
お察しの通り、目の前に転がってるボロボロの少年がテオで、後ろで泣きじゃくっているのがシェナである。
ということは――
(俺、ゼノンになってんの?)
いや今はそんなことより、この状況を何とかするのが先決だ。
ゲームとはいえ、訳もわからずいきなり人殺しなぞごめんである。
(【
何故かやり方はすんなり分かった。
身体はゼノンであるからからだろうか。
ゼノン自身の記憶は無いと言うのに、なんとも不思議なものである。
なりふり構わず、路乃――もといゼノンは左手をテオに突き出す。
そして、一瞬で魔法を構築した。
――【無属性魔法 : 結楯】
瞬間、数十本の【結槍】がテオに降り注いだ。
その一つ一つが着弾するたび、耳をつんざくような衝撃波が路乃を震わした。
ガガガッと地面に連続で突き刺さる【結槍】は土煙を巻き上げ、テオは見えなくなる。
(少年1人にここまでやるとは……)
ゲーム上では、テオは死体も残らないほど粉々にされたとストーリーテロップで説明があった。
実際に目の当たりにした路乃はドン引きである。
このタイミングであれば間に合っているはずだが……。
粉々になっているテオなど見たくは無い。
砂煙を払いつつ、路乃は恐る恐るテオに近付く。
すると予想通り、青い透明な楯に守られたテオがそこにいた。
ギリギリで発動させた【結楯】が間に合ったようだ。
死の恐怖に耐えきれず気絶しているようだが、息はしている。
おまけに失禁しているようだが、見ないフリをする路乃。
無理も無い。
「テオ……、そんな……」
絶望の表情で座り込み、涙を流すシェナ。
大量の【結槍】に埋もれて隠れてしまっているせいか、シェナはテオが死んだと思っているらしい。
路乃――もといゼノンは振り返り、シェナへ歩み寄る。
意味不明な現状は変わらない。
ここがゲームの中であるという状況を頭では理解したが、現実として受け止めることを大脳が拒否している。
一先ず人死が出ることは阻止したが、兎にも角にも情報が足りない。
なぜ路乃がゼノンになっているのか。
これはタチの悪い夢か、それともやはり現実か――。
何はともあれ情報を得るには彼女――多分シェナであろうと思われる少女へ尋ねるしか無い。
シェナへ近づくと、路乃は息を呑む。
ゲームのままのシェナがそこにいる。
そっくりなどという言葉では片付かない。
実寸大の本物。まごう事なきシェナ本人がそこにいる。
モニター越しに見ていたキャラがすぐ目の前にいるのだ。
何とも不思議で現実味がない。
ゼノンが囲っていたのだろう、路乃はシェナの周囲にある結界を解いた。
だが、それが間違いであったと路乃は気付く。
「許さないッ!」
そう叫んだシェナは、どこに隠していたのか短剣を鞘から引き抜くと真っ直ぐゼノンへ飛びかかってきた。
突拍子もない出来事が立て続けに起こったせいか。
これくらい少し考えたら予想ができたはずだと、路乃はハッと思い立つ。
咄嗟に【結楯】を発動して身を守ろうとするも、動揺したせいか間に合いそうも無い。
「いッ……!」
左頬を横一文字に抉られ、路乃は激痛に左目を閉じる。
明確で分かりやすい痛感が脳を刺激する。
目の前を自身の鮮血が舞い、痛みとともにこれが現実であると無理矢理認識させてくる。
(くそがッ――! っぱ現実かよ! 笑えねえ!)
ゼノンは根っからの魔法使いであるが、剣術や体術に関してもそれなりの力を持っている。
だと言うのに、戦闘など素人のシェナ相手にこの体たらくなのは、完全に路乃の油断と動揺が原因である。
人は一歩間違えれば"死ぬ"。
そんな誰しもが当たり前に知っている事実。
路乃は現状に対する半信半疑から、そんなことすら思考の外へ追いやってしまっていた。
(こんなもん現実だと信じれる方がどうかしてると思うけどな!)
路乃――もといゼノンは、シェナが振り抜いた腕を掴み上げ、いとも簡単にシェナを組み伏せた。
尚も動こうともがくシェナ。
路乃はやむ無しとシェナの首元を叩き、シェナは意識を失った。
シェナから飛び退き、路乃はハァハァと肩で息をする。
胸に手をやると、心臓がこれまでに無い異常なスピードで脈打っている。
冷や汗がブワッと全身から湧き出ており、見下ろすと脚が震えているのが分かる。
路乃でも分かる。
シェナは自分、いやゼノンを本気で殺そうとしていた。
無論、誰かに本気の殺意を向けられたことなど初めてだ。
恐ろしかった。
純粋な恐怖を全身に浴びたような心地。
「嘘だろ……こんなの」
今更ながらに湧いてきた実感と恐怖は何より濃ゆかった。
やはり、心のどこかでこれは現実では無いと決めつけている自分がいるのだろう。
左手で頬に触れると、ベットリと赤黒い血が手のひらに付いていた。
それを見て震える路乃は、やはり恐怖を覚えていた。
そして同時に確信する。
「どうすんだこれ。俺、マジでゼノンになってんじゃねーか」
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