雨宿りにて

 その日は終日晴天だと天気予報は言っていた。だからお気に入りのワンピースを着て、買ったばかりの日傘を差して上機嫌で出掛けたのだ。色とりどりの紫陽花が咲くガーデンを見ながらのアフタヌーンティーだって楽しかった。なのに。


「最後の最後で土砂降りとか聞いてない……」


 雑居ビルの屋根の下で肩をガックリと落とした。青く澄み渡っていた空はみるみるうちに灰色になり、ついに大粒の涙を落とし始めたのは少し前のこと。急いで駆け込んだにもかかわらずお気に入りの服飾品達には水玉模様が描かれてしまった。


「止まないかなぁ……」


 雨雲レーダーを確認したら雲が明けるまでは一時間ほどとのことだった。短いようで長い時間、何もない雑居ビルの入り口に立ち尽くしていたって仕方がない。近くに雨宿りできる場所はないものかとスマートフォンの上で指を滑らせる。レストラン、カフェ、本屋……なんでもいいからと願いを込めて検索結果に目を通す。

 ふと目が止まったのはステンドグラスが綺麗な古民家カフェ。ここからそう遠くない。走れば1分といったところだろう。


「よし!」


 私は意を決して曇天の中に躍り出た。



「いらっしゃいませ」


 走ること体感1分。路地裏にひっそりと建っていたカフェは、どうやら私が最初のお客さんのようだった。濡れた衣服が気になったが、促されて窓際の二人席に座る。


「ホットミルクティーをお願いします」

「かしこまりました」


 マスターらしき初老の男性が執事よろしく頭を下げる。もしかしてそういうコンセプトなのかな……?とドキッとしたけれど、どうやらそれがこのお店の普通のようだった。

 さてと、雨が止む気配は全くない。落ち着いたところで何をしよう。普段なら文庫本を持っているけれども、今日の鞄は小さくて持っていくのを諦めたんだった。かろうじて持っているのはこのスマホだけ。何ができるだろうと考えて、はたと気が付いた。ヴィンテージの机と椅子、レコードから流れる音楽、歴史情緒を感じる調度品、そして礼儀正しいマスター。


 このカフェ、新作の舞台にできるのではないか……?


 そう思いついたら早かった。いつもの執筆アプリを起動してプロットに入る。カフェの内装をちらりと盗み見ながら書き進めるのは、アンティークが揃う喫茶店を営む探偵の話だ。

 雨音が遠くに聞こえる。カタリと静かに置かれたティーカップに丁寧にお辞儀しつつ、私の頭は架空の街の中へ。目を閉じて、息を吐いて、時折カップに口を付け、指を動かす。



「……よし、とりあえずこんな感じかな」


 五話分くらいのプロットが完成した。顔を上げれば灰色の空には虹色の橋がかかっていた。

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