都会の中心にて

 ようやく春の陽気が感じられるようになったこの頃、急にぽっと出た最高気温20度という休日に私は歓喜した。

お気に入りの白色のブラウスに若葉色のスカート。ちょっと春を先取りしたようなコーディネイトを引き締めるために黒のジャケットを肩に掛ける。小物も黒で統一すると重すぎるかな、と思い、A4サイズが入るジュートバッグを持って家から踊り出た。

 電車を乗り継ぐこと三十分。駅から歩いて約十分。目的地は大都会の真ん中にある自然公園だ。繁華街のど真ん中に位置する公園だけど、園内を歩くだけで一時間もかかるほどの広さがある。入園には入場券が必要だからか治安もよく、女一人が歩いていても声を掛けられることはない。そんな奇妙な空気感が気に入っているのだ。

 数か月ぶりに足を踏み入れると、まず目の覚めるような白色の花に出迎えられた。これはなんていう花だっただろうか。記憶を呼び起こそうとしてもぱっと浮かんでこないのが悔しい。あとでアプリで調べてみよう。遠目で一枚写真を撮った。

 園内を歩いていくと、若葉が芽吹き始めた巨木の陰に隠れて枝垂桜が花を咲かせていた。見事な桃色のアーチに、周囲には人だかりができている。思い思いに写真を撮る人や談笑する人々を避けて一瞬だけカメラアプリを起動させた。……よし上手く撮れている。

 池の周囲をぐるりと回りこめば、私の目的地――木陰に隠れた東屋が見えてきた。とある映画のロケ地にもなったらしいこの場所は、普段先客として観光客が座っていることもある。しかし今日は桜のおかげか、誰もいなかった。これは好都合。私はそそくさと東屋の中へ入り椅子に座った。

 都会の喧騒などないように静まり返ったこの場所は小説を書くのにうってつけの場所だった。買っておいたコンビニのアイスコーヒーにストローを差してパソコンを広げる。エディターを起動させて呼び起こしたの今書いている花に関する小説だ。上手く設定が練れていなかったけれど、ここに来るまでにちょっとだけ資料を集めることもできた。

「よーし書くぞ」

 大きく伸びをして一言気合を入れ、キーボードを打ち鳴らした。

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