新たな旅の始まり

 少女は悩んでいた。この扉を開けていいものか、出直すべきか。

 少女は決して気弱な性格ではなかった。むしろ一人っ子として両親の愛情を一心に受け、わがままを言い、伸び伸びと育ってきた。かと言って自信過剰でもなく、ごくありふれたちょっと大人しい性格の一人の少女だった。そんな少女は悩み、戸惑い、少しの恐怖と緊張を抱き、一つの扉の前に立ち尽くしていた。

 春の穏やかな風が少女の栗毛色の髪を揺らす。少女は髪を整えながら扉を見つめる。常人にはただ立ち尽くしているように見えるだろうが、その実彼女の中では『怪物』との戦いが繰り広げられているのである。

 少女は何日も前から『怪物』と戦っていた。『怪物』という生物が実際に彼女の中にいるわけではない。しかし彼女の豊かな想像力によって生み出されたそれは、彼女が本来持つ明るさと勇気を封じ込めるほどの力を持っていた。おかげで彼女はここ何日か上の空でいなければならなかったし、胸のあたりがもやもやと渦巻く日々を過ごしていた。

 扉の中からは楽しそうに談笑する数人の声が聞こえる。少女はその声を聴きながら扉の持ち手に指をかける。しかし『怪物』がその動きを止めるように膨れ上がり、手を離してしまう。再度手をかけるも結局離す。それを何回か続けると、少女は諦めたように足の向きを変えようとした。

 その時、背後の窓から入り込んできた突風が少女の背中を勢いよく押した。驚いた少女は扉に触れる。ゴンと少し鈍い音が小さく鳴った。

 その音をきっかけに室内から扉に近づく足音が聞こえてきた。少女は息をのむ。足音はカウントダウンのように迫ってくる。『怪物』が口元にせり上がってくる。冷や汗が流れ始める。呼吸が浅くなる。心音が早まる。どうしよう。音もなく呟いた。

 人影が目前に迫った時、少女は唾をごくりと飲み、内なる『怪物』を腹の底に追いやった。扉が開く。現れた少し背の高い女子学生が何かを言う前に少女は口を開いた。


「すみません、文芸部に入部したいのですが――!」


『怪物』との戦いを終え、少女の新しい旅が今始まった。

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