休日の電車にて
ゴトンゴトン、と鉄の箱が軽快に走る。腹に響くような重厚な走行音とは裏腹に、その中はシックな茶色と鮮やかな若葉色の座席が並んでいる。これがもし一面暗い色だったなら、地下の墓場行きの列車のように見えただろうか、とぼんやり思った。
休日の早朝、電車の中は思ったより人が少なかった。部活の道具を抱えながら眠そうにあくびをする男子高生、有名なテーマパークのキャラクターをたくさんぶらさふげたカップル、座席数席を占領して眠る若い男、そして俺のように出勤するらしいスーツの女性。少ない割に個性の大博覧会のようなメンバーが揃っているからこの時間帯の電車は面白いのだ。
あくびを一つ嚙み殺してスマホのメモ帳アプリを開いた。『幽霊と会話する探偵少女』『空から落ちてきた救世主』『二次元と三次元の恋』――数多く並んだとりとめのないキーワードたちの中から『ふるさとの川に帰ってきた人魚』と書かれたメモをタップする。昨日の夜、焼き鮭を食べながら思いついたネタだ。普段ならメモ帳のタイトルに思いついたキーワードだけ書いておくのだが、今回はいい感じに展開が想像できたから八割がた書き上げてある。
電車が次の駅に停車する。ブレーキとともに慣性の法則が働いて身体が傾く。カップルが降りていくのを横目にスマホの画面に指を滑らせる。こういう場面も入れよう、この一文は省くか、書いては消し書いては消し。この一連の時間は頭を悩ませることが多いが、その分よりいい文章になったと自信が持てる。それは秘境を追い求めて旅を続ける探検家のようだ、と自分では思っている。
電車の走行音が心地よく響く。会社の最寄り駅にたどり着くまで、俺の推敲の旅は続くのだった。
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