カフェの獣

「お待たせしました。キャラメルマキアートです」「先に席取ろうよ」「きゃははマジで?ありえねー」「えぇですから先日の件は」「うちの息子にも見習ってほしいわぁ」

 休日昼間のカフェは賑わっていた。若い店員の声、大学生くらいの男女の声、近くの高校の女子高生の声、スーツ姿の男性の声、近所のマダムの声――多種多様な人間がその空間の中で話し、笑い、生きていた。

 観葉植物に隠れるように設けられたカウンタースペースで、女性はパソコンを睨んでいた。白いパーカーに黒いスキニージーンズとハイカットのスニーカー。大学生のようにもフリーターのようにも見える出で立ちの女性は、黒縁眼鏡の奥から画面を見つめる。その姿はさながら獲物を前に息を潜める肉食獣のようだ。

 ふと彼女の指がキーボードを叩き始めた。迷うような手つきでキーボードをタップする。画面上のエディタに一行ほど書くと、再び指が止まる。女性は何かを考えこむように手を組んで瞳を閉じた。およそ三分。祈るように静かな時間が過ぎる。

 再び彼女の指が動く。先程とは違い、小気味よい、しかし控えめな音が店内で流れていたジャズに加わる。女性は知らない。自分の姿が走り出した獣が獲物を見定めたような目つきで打ち込んでいることを。

 セッションが三曲目に突入した頃、彼女は画面上の「保存」と書かれたボタンを押して、ゆっくりと伸び上がる。上半身の筋肉をほぐすようにストレッチを繰り返した後は、手元のぬるくなったコーヒーを思いきり呷る。

「……よし」

 微かな声でそう呟くと、女性はパソコンを鞄にしまって立ち上がり、満足げな顔で店をあとにした。

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