書く人々
紫水 伶
真夜中の心音
カタカタカタカタカタカタカタカタ……
六畳ほどの一室。その女性はパソコンに向かい合っていた。
椅子の後ろにはふかふかのクッション、クッションに預けた少し丸い背中、約80度ほどになるように折り曲げた肘、そして猫の手のように丸めた指。実験に実験を重ねたこのセッティングが一番楽で文字を早く打ち込めると友人たちに豪語している。もはや癖とも言っていいこの姿勢は、整体の先生からは「改善の余地あり」と言われているのは彼女の最大の秘密だった。
カタカタカタカタ……
薄暗い室内には、カーテンの隙間から満月の光が差し込んでいる。黄金色に輝く月は美しく、常人であればベランダに椅子を出してお月見でもするだろう。それほど見事な十五夜に目もくれず、彼女は青白く光るパソコンディスプレイを凝視しながら規則的にキーボードを叩く。
カタカタカタカタカタ……カタカタカタカタ……
少し打ち込んでは止まり、また打ち込む。ある時は一ヵ所を連打し重い音を響かせ、またある時は縦横無尽に指を滑らせて軽やかに奏でる。その様子は張りつめた真夜中のステージで奏でる一種の現代音楽のように芸術的で隙がない。時折キーボードから手を離し、傍らにある数冊のノートを捲る。薄い紙の軽薄な音は一種の合いの手のように間奏を埋めていた。
そうして数時間が経った頃、ふと女性の指が止まった。代わりに目をディスプレイ上に滑らせる。慎重な手つきでマウスを握った彼女は、慎重な手つきで中央下にある「保存」の文字を押した。数秒後、彼女はゆっくりと息を吐き、机に倒れ伏す。その後姿からはゆっくりと寝息が聞こえていた。
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