第8話 黒天狗の真意
玉藻はここにいる子狐たちの親だと言っていたのだから、狐のあやかしなのだろう。
あやかしになると狐でも空を飛べるんだなあ。
あんなふうに空を飛べたら、どれほど気持ちがいいだろう。
白夜は藁の上にころんと横になって、もくもくと茂った木々の頭からお屋敷の屋根をぼんやりと眺める。
それにしても、おかしなことになってしまった。
本当はあそこで死ぬはずだったのに、この山で住むことになってしまったし。
でも、ここにいれば黒天狗とはいつでも会えるし、またお願いすることもできる。
考えようによっては、よかったのかもしれないけれど。
「半妖かあ」
黒煙はいまだに体から離れず、狭い洞穴の中に無理やり入ろうとしている。
一度に全部は入りきらず、出たり引っ込んだりとせわしない。
この黒煙も、どうしてくっついてくるのかわからないし。
半分人間で半分あやかし。
そうは言っても刺して死なない人間などいなし、この黒煙を背負ったまま道を歩むこともできない。
人間として生きられないのなら、あやかしとして生きるしかないのかな。
でも……立派なあやかしになれって。どうやってなるのさ。
むむ、と眉を寄せて、かぶりを振る。
目的は立派なあやかしになることではなく、死んであの世に逝き、小春と再会することなのだ。
「やっぱり、もう一度頼みに行こう」
目的を定めると心が少し落ち着きを取り戻す。
目を閉じて遠く聞こえる梟の鳴き声や草木のさざめきを耳にする。
森から聞こえる子守歌に誘われ、白夜の意識はしだいに落ちていった。
「おまえ、なぜこいつをここに……」
妖狐の住処にさきほどの
黒天狗は信じられんと言わんばかりに口をひきつらせる。
それに対し、玉藻はすまし顔で答えた。
「お館様が適当に寝床をあてがえと言ったのではありませんか」
「言ったがな。こいつは一応人間でもあるのだぞ。妖狐と一緒の洞穴に入れるな。これではまるで動物ではないか」
「動物とは失礼な。ここはわたしが生まれ育った神聖な場所なのですよ。ここに寝かせているだけでも感謝していただきたいものです」
「しかしな……ほら、見てみろ」
黒天狗がなんとも言えない表情で見ているのは、白夜に宿る怨霊である。
健気にも洞穴を広げようと、せっせと外に土をはきだしている。
狭くて入りきらないのが気に入らないのか、それとも宿主である白夜にとって苦になっているのか。はたまたその両方かもしれない。
どちらにせよ、穴を大きくしたところで洞穴には変わらぬし、布団もなければ枕もない。これでは野宿と同じはないか。
この玉藻は賢そうな顔をして少々常識から逸脱したところがあり、ときおりこういった間違いを当然の顔をして行うことがある。
玉藻が妖狐となった遙か昔、人間は洞穴で生活していたのだから、その頭があったのかもしれぬが。
「勝手に穴を大きくして。いけない子ですね」
眉をしかめた玉藻が的外れなことを言う。
別に穴の大きさに取り決めがあるわけじゃなし、もっと他に気にすることがあるだろうに。
しかし玉藻のことだと半ば諦めて、そっと吐息をもらした。
「それぐらい許してやれ」
「おや。ずいぶんと寛容ではありませんか。あれほど嫌そうにしておられたのに」
「こいつは生まれ間もない半妖だ。人間臭さが抜けない以上、あやかしの標的ともなり得る。ここに住めば暇なし狙われるだろうよ。みずから危険な場所に飛び込むとは馬鹿な童だ。腹が立つ」
顔をしかめる黒天狗に、玉藻は少々意外そうな顔を浮かべた。
「心配しておられたのですか」
「ふん」
「それならそうと伝えればよいものを。まったく素直ではありませんね。ここは結界で守られていますから、他のあやかしに寝首をかかれることはまずないでしょう。それに都には陰陽師がいるのですよ。見つかったら、それこそ無事ではいられません」
「ううむ」
「それほど心配なら、そばに置けばよろしいではないですか」
呆れ混じりにそう言うと黒天狗は渋面を浮かべて白夜を睨みつけた。
「嫌だ。どうせまた殺せというに決まっておろうが」
「まあ、そうですね」
そうして、しんしんと夜は更けてゆくのであった。
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