第5話 衝撃の事実

 真っ暗な通りの奥に、ぼんやりと灯りが見えた。

 よくよく目を凝らして見てみれば、青い炎である。いや、青とも黒ともとれる。あんな色の炎は目にしたことがない。

 白夜は少し驚いて立ち上がった。

 なんとも寒々とした炎だ。遠くに見えていたそれは、ゆっくりとこちらに向かってきており、次第に大きくはっきりと見えるようになった。

 炎の揺らめきがありありと見てとれる距離になって、ようやくその中にいくつもの影があることに気がつく。

 真ん中にあるのは、いかめしい牛車だった。不気味な色合いの炎は、それを中心として放たれているようである。

 都を走る牛車は色鮮やかな装飾を施されたものばかりだが、この牛車といったらまさに真逆。

 何から何まで真っ黒で簾は濃度の違う縦縞模様が入っているくらいで黒いことに変わりはないし、車輪まで艶やかな黒だった。

 それを牽くのは人にあらず。

 前に大きく突き出た鼻は瓜のようで、顔は真っ赤。

 山伏やまぶしとよく似た格好をして、背中から生えた白い羽がゆったりと上下して体は宙を舞っていた。

 まさしく天狗といった風貌であるが、あれが黒天狗なのだろうか。

 でも黒い要素がどこにもない。

 むむむ、と白夜はうなった。

 そのまわりにも異形なる者たちがひしめく。

 いっけん人に見えてもお尻のあたりから何本も分かれた尾が伸びていたり、額からツノが生えていたり。

 明らかに人ならざるものは丸い毛玉に目玉が三つあったり、赤子の大きさほどもある昆虫だったりする。口は大きく裂けて、尖った刃がびしりと生えているのが見えた。

 風貌はそれぞれだが、これらをまとめて鬼と呼ぶのだろう。

 常人であれば目にしたとたん、悲鳴をあげて逃げるところである。

 けれど白夜は違う。期待に目を輝かせた。

 ついに、漆黒の牛車が目の前で止まる。

 鬼たちの歩みもそこで止まった。

 白夜は自分の身の丈より大きいそれを、まじまじと見上げる。

 真っ黒な簾の奥は何も見えない。この中に噂の黒天狗がいるのだろうか。

「どけ、童。通行の邪魔だ」

 じっと見ていたら、牛車の中から声がした。

 言葉のままに不機嫌さが如実に表れた声をしている。

 だけど不思議と怖さはなかった。

「あなたが黒天狗様ですか?」

「ほう。おまえのことは初めて見るが、よく知っているな」

 こちら側から顔を見ることはできないが、あちらからは白夜の顔がしっかりと見てとれるらしい。黒天狗はそんなことを言った。

 さっきまでの不機嫌さはどこかに消し飛んだのだろうか。

 声には感心したような、それでいて愉しんでいるような響きがある。

「黒天狗様は有名みたいです」

「有名か」

 言葉を重ねると、くくく、と小さく笑い声が聞こえた。

 鬼でも笑ったりするんだ。

 そんなことを思ったが、余計に親しみやすさを覚える。

 これなら、こころよく頼みを聞いてくれるかもしれない。

 希望に胸が高鳴る。ものものしい鬼の軍勢に囲まれていることすら忘れて、つい声が踊った。

「はい。黒天狗様はこんなに沢山の鬼を連れているし、お強いんでしょう?」

「さてな。それを聞いてどうする」

「ぼくを殺して欲しいんです」

 嬉々として白夜は告げた。

 言ったとたん、牛車の横に立つ男の瞳がすっと細められた。

 金色の目を白夜に流し、なにかを言いたそうにじっと見てくる。

 銀色の髪を腰ほどまで流し、真っ白な衣を纏っている。

 獣のような三角の耳と尻から生えた九本の尾がなければ、絶世の美女と謳われても不思議ではない。しかし女性特有の胸のふくらみなどはないので、やはり男性であろう。

 それほど美しい貌をしていてたが、向けられた視線はぞっとするほど冷たかった。

 なんだろう。

 白夜は小首を傾げる。

 鬼なのだから、見つけたとたんに襲いかかってくると思っていたのに、間抜けにも会話を始めてしまっている。

 だから頼んでみたのに。

「くくくくく……」

 黒天狗は笑い声を押し殺しているようだった。

 こちらはいたって真剣なのに何が面白いのだろう。

「殺して欲しいだと?」

「はい。自分じゃ死ねないんです。黒天狗様ならできるんじゃないかと思って」

「そうさな。それは間違ってない」

「じゃあ!」

「おれがおまえを殺したとして、何か得することでもあるのか?」

「え……」

 これは困った。必死に頭をこねくり回してみたけど何もでてこない。

 だって鬼って無条件に人を殺すものじゃないの?

 それともなにか利益があって殺すんだろうか。

 鬼って何が欲しいんだろう。

 白夜はうなり声をあげる。

 しばらく考えて、これしかないという考えに辿り着いた。

「ぼくの魂とか」

 きっとこれが正解だ。そう思ったのに声はあざ笑う。

「魂だと? おまえが人であれば迷わず食っていたのだがな」

 白夜はきょとんとして簾を見あげる。

「ぼくは人です」

「いいや、おまえはもう人ではない。しかし人としても存在している。言うなれば半妖といったところか」

「半妖?」

「半分人間で半分あやかしということだ」

 白夜はあいた口が塞がらなかった。

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