第六章 その五
アメリカ、ホワイトハウス。大統領は核ミサイルの発射ボタン、『フットボール』を前に、その時を今か今かと待ち構えていた。
「日本は約束を守った様です。ガザラとラグラのサンプルのデータが届きました」
「他の国に情報を漏らしていないな?」
「現時点では確認されていません」
中継映像に映し出されたガザラとラグラを見ながら、大統領は補佐官や将軍達と共に深々とため息を吐いた。
「大統領。サンプルは全てアメリカで独占するべきです。生物兵器としての運用を諦める以上、例え日本であっても国外にその痕跡を残す訳にはいきません。今すぐにでも、日本に圧力を掛けるべきでは?」
「いえ、この際CIAに今すぐサンプルの回収と破棄を指示するべきです」
「そうだな。このままではあの二体を始末した途端に世界中の工作員が日本に押し寄せるだろう。ただでさえスパイ天国なのに、戦後の混乱状態の中では碌な対応など出来るはずがない。総理には私から通達しておく」
大統領の指示を受け、CIA長官が即座に動く。ガザラとラグラの存在を確認された時から、日本には常にCIAの特殊部隊が極秘裏に待機している。必要とあれば日本国内での破壊活動も視野に入れていたが、遂にその時が来た。
「ガザラ、ラグラ。どちらもキルポイントまで後100m。大統領、核発射の準備をお願いします」
「カイジュウ、か。よもや自然発生した生物相手に核を使うまでになるとは」
核兵器、それは人類の叡智の炎。鋭利な牙も爪も持たない人類が手に入れた最大の武器、科学がもたらした最強の力だ。ありとあらゆる物を焼き尽くし、放つ放射線は死の灰を介してありとあらゆる生命体を死に追いやる。
例え自衛隊の総攻撃を受けても、例え爆撃の嵐の中を生き延びる程の怪物であったとしても、生命である以上は核の炎の中で生き延びられる筈がない。
これまで誰一人として押したことのない核ボタンを前に、大統領は深く深呼吸しながらこれまでの事を思い返す。
サンズ・オブ・トリニティ計画を発案し、日米共同で島を作り上げた時にはこんなことになるとは誰にも想像できる筈が無かった。だが怪獣が誕生し、誘導可能だと判明した時は天はこの国に味方したのだと思った。
「コアの残りは確保しています。研究を進めれば、コントロール可能なモンスターの開発も可能でしょう」
「そうだな。とりあえずはこの危機を乗り越えよう」
ガザラとラグラがキルポイントに到着し、大統領は核兵器発射用のキーを差し込む。
「神のご加護を」
その言葉と共に大統領はキーを回し、核ミサイルが日本の大戸島に向けて発射された。
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