第六章 その三
ガザラとラグラが東京湾へと姿を消し、東京は一瞬にして静寂を取り戻した。勿論、それは元の東京の姿ではない。
ガザラとラグラが通った跡、そして戦った跡地はどこも壊滅的被害を受けており、残留放射能も計測されている。その半減期は二万四千年。除染にどれほどの時間と予算がかかり、そして風評被害が収まるまでどのくらい掛かるか誰にも見当もつかない。
幸いなのは、東京都心への核攻撃を阻止できた事。そしてガザラもラグラの発した放射線が、当初の予想よりも広がっていない事だろう。勿論、更地同然の東京の被害を前にすればだからどうと言うとは無いが。
「藤田さん、大丈夫ですか?」
『大丈夫ですよ。念には念を入れて、との事ですから。暫くはここで待機してますよ』
横田基地。簡易的な隔離施設に収容された藤田は分厚いガラス越しに心配そうな顔を見せるミサとドクターマトンを安心させようと笑顔を見せていた。
やむを得ないとは言え高い放射線を発していたコアを回収してきた藤田達は、全員除染が完了するまで一般市民との接触は許されない。
勿論最新鋭の防護服を着ていたし、コアも回収完了後は放射線遮断処置を行った。問題無しと判断されれば元の生活に戻れるだろう。
『お二人は、大戸島に向かうんですね』
「ああ。あの怪獣達の誕生からずっと追いかけて来たんだ。最期まで見届けたい」
ドクターマトンは静かに目を伏せ、今もなお放射線検査が済み次第病院に運ばれて行く自衛官達の姿に想いを馳せる。
「結局、私たちは何も出来ませんでした。怪獣の誕生…………上陸…………そしてこの大惨事。この地球に生まれたあの怪獣達も、私たちの研究次第では、もしかしたら破壊を抑えて共存できたかもしれないと思うと…………」
『それは、無理です』
「え?」
『怪獣は未知の存在で、確かに生態を研究すればいつかは共存の道もあるかもしれません。でも、それにはきっと長い時間が必要です。その時間に必要な時間の中で大勢の人が死んでいってしまう』
「そうだね。怪獣との共存を果たすには、地上は狭すぎる。彼らは海底で、静かに暮らしていて欲しかった…………」
「でも、連れて来てしまった」
『許される事では無いとは分かってます。人間のエゴでしかない。だけど、今地上で生きている人たちの命を、未来の怪獣の居場所の為に諦めてくれなんて言えませんよ』
古来より、人間が他の種を絶滅させて来たと言う事例は数えきれないほど存在する。現代こそ絶滅危惧種の保護や、自然環境の保護と言う概念が浸透し、エコテロリストなんてものまで生まれてしまってはいるが、人類による他の種の絶滅の歴史と比べれば薄っぺらいものだろう。
生活する上で邪魔になった、増えすぎて邪魔になった。更に言うなら遊び半分で減らしすぎ、最後の一体を誰が殺すかで競ったと言う例すらある。
「きっといつか、バチが当たるわ。私たち人間は、すっかり地球を怒らせてしまったのよ」
「ドクターキリシマ、それは違う。地球がそこまで人間の事を考えている訳がないじゃ無いか」
『どう言う意味です?』
「だってそうだろう。人間は今更になって環境保護なんて言い出しているが、そもそも守るべき環境なんてものは人間が決めた基準に従ってのものさ。人間が環境をいくら汚しても、そこに住む生物はいつか現れる。ガザラとラグラだって、人間が生きていけないほどの放射能の中で産まれたんだ」
『例え人間が住めない星になったとしても、それでも地球は回っている。そう言う事ですか?』
「そう言う事さ」
ドクターマトンはそう言ってシニカルに笑った。
「さて、そろそろ時間だ。私たちは大戸島へ向かうよ」
『お気をつけて』
「ええ。行って参りますわ」
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