第五章 その六

 東京上空の三機のB-21は、持てるすべてのミサイルを使い果たしていた。最新鋭の世界最強ステルス爆撃機が三機。その内の一機でも十分だろうという米空軍の事前の予想はあっけなく覆された。


「モンスター二体は健在。追加の爆撃機を要請する」

『健在?爆撃が外れたのか?』

「全弾命中している。効果はあったが、絶命には至っていない」

『了解した。補給に戻れ』


 B-21からの報告を聞いた司令部のオペレーターの声は、明らかに動揺していた。


「日本の自衛隊を蹴散らしたって聞いてはいたが、あそこまでのモンスターだとはな。流石は怪獣だ」


 自身も子供のころから日本の怪獣映画を見てきたB-21のパイロットは思わず呟いていた。確かにあの映画に出てくる怪獣たちは強い。あらゆる攻撃をものともせず、のしのしと町を蹂躙しながら近づいてくるのは脅威だろう。


 しかしそれはあくまで絵空事。大人になった自分が入った米軍ならば、例えゴジラがニューヨークに攻めて来てもミサイルで撃退できる。


 世界最強の米空軍の爆撃機のパイロットとして、怪獣退治が出来る名誉は絶対に譲れない。その一心で志願したが、まさかの弾切れとは。


「これより反転してグアム基地に帰」


 その言葉を最後に、彼の意識は消失した。


「B-21、撃墜!!」

「馬鹿な!!米軍の最新鋭ステルス機だぞ!?」


 その現実を観測していたのは、地上の官邸だった。


「ラグラが口内レールガンでB-21を狙撃した模様」

「ステルス爆撃機のステルス機能すら通用しないと言うのか!?」


 本日だけで何度目かの驚き。もはや驚き慣れてしまいそうだが、そうはさせてくれないのが怪獣と言うもの。


「ガザラが右のハサミを上空に向けています」

「ハサミの温度が高熱と低温を繰り返しています。何かしらの遠距離攻撃の準備の可能性」

「米軍に連絡!今すぐB-21をその場から全速力で退避させろ!!」


 しかし、間に合うはずもない。ガザラは急激な温度差によって発生した強烈な大気の膨張と、体内に流れる爆破液の爆発を利用し、右のハサミだけで脱皮攻撃を放った。


 パーン!と弾ける音と共に、目にまとまらぬ速度でガザラの右ハサミがそのままの形で上空に飛んでいく。発生した衝撃波とソニックブームで周りの炎が一瞬で鎮火し、遥か上空を飛んでいたB-21のパイロットは突然目の前に現れたハサミによって機体ごと爆散してしまった。


「米軍の爆撃機、二機共に撃墜…………」


 日米両政府、どちらの作戦室も沈黙に包まれていた。特にアメリカ、ホワイトハウスの沈黙は重苦しかった。誰もが言葉を失い、次に何を指示すれば良いのか分からない絶望感。日本政府が死ぬほど味わった地獄の時間だ。


「総理!コアの回収、完了しました!!ヘリで大至急横田へ移送します!!」


 しかし、絶望慣れしている訳ではないが、それでもこの絶望感には耐性が出来てしまった日本政府はすぐにも動き出していた。


「横田基地のC-130は動かせるか!?」

「避難民輸送から戻った機体が一機、現在横田で補給を受けています。この機体を使いましょう」

「よし、可能な限り放射線防御措置を実施!完了次第、キリシマプランを実行に移す!!」

「了解!!」


 官邸の指示を受け、藤田達回収部隊、そして横田基地の面々が一斉にキリシマプラン実行のために動き出す。


 コアをコンクリートと鉛で覆い、ヘリに乗せて横田基地へ。横田基地では輸送機C-130の補給とパイロット達の防護服着用。そしてガザラとラグラの誘導に最適なルートの確認。


 やがてヘリが横田に着く頃には、C-130は完全に準備を完了していた。


「コアは任せろ。あの怪獣達を太平洋まで誘導してくる」

「宜しくお願いします!!」


 一歩間違えば命の危険のある任務だ。何せガザラもラグラも、遥か上空を飛ぶアメリカの最新鋭ステルス爆撃機を地上から撃墜した直後だ。足の遅い輸送機で誘導など、危険という言葉では足りないくらいだ。おまけに運ぶのは放射性物質。任務の難易度に加えて失敗のリスクが大き過ぎる。


 しかしそれでも、東京を守るにはやらなければならない。藤田の敬礼に敬礼で返したパイロットは、そのままコアを乗せてC-130を飛ばす。


 目標は当然、ガザラとラグラの目と鼻の先だ。

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