第四章 その六

「コア由来と考えられる放射性物質の反応は、現在池袋方面に向けて移動中。反応の走行ルートから考えて、首都高速を移動しているものと推定されます」

「Nシステムでも既に首都高速を運転する不審な車を確認しています」

「池袋か…………ガザラは今、新宿に向けて進行中だな?」

「はい。目視は不可能ですが、テレビ中継などでガザラの現在位置は誘導者も把握しているはずです」

「ガザラの進行ルートと真逆に向かう可能性は高いな」


 官邸がガザラ、ラグラへの対抗手段をなんとか模索している頃。藤田は公安や警察らと共に怪獣を誘導しているコアの確保の準備を進めていた。国際テロリストの確保だけなら公安や警察の仕事なのだが、放射性物質となると自衛隊も動くしか無い。


 故に少数精鋭ながらも、いざ犯人が放射性物質を盾に逃げようとした場合に備えて防護服を用意して待機していたのだ。


「ラグラが東京湾に侵入したとの報告が入りました!!」

「早いな…………」

「あ、でもその情報が入れば、誘導しているテロリストは東京湾方面も避けるのでは!?」

「よし、首都高速5号池袋の出入り口を封鎖!!該当の不審車両をヘリで先回りする!!」

「了解!!」


 警察のヘリが離陸準備を始め、藤田も防護服を着用しようとしたその時、非常通信用のスマホが鳴った。しかし画面に映っているのは非通知設定。不審過ぎるが、迷い迷って藤田は電話に出た。


「もしもし?」

『あら、やはり貴方は出たわね』

「その声…………アンナさんですか!?」

『叫ばなくても聞こえるわよ』


 ロリシカの諜報員ではあるが、エコテロリストの地球防衛軍に関する重要な情報をくれた恩人でもある。しかし、日本の自衛官としては正直言って余り付き合えない相手でもある。


「何の要件ですか?」


 事情を知る上官の宮田にアイコンタクトを送り、周囲が口を塞いで静かになったタイミングでスピーカーフォンに切り替える。


『別に貴方達の邪魔なんかしないわよ。これは個人的なアフターサービス。さっき地球防衛軍の幹部達、全員島流しにしたわ』

「はい?」

『アイツら、私たちにとっても邪魔になったのよ。だからあくまでクルーザーを飲酒運転して遭難したって事にして全員太平洋に島流しよ。一応、証拠の写真も送っておくわ。これからあのテロリスト達に利用された可哀想な若い子を説得するんでしょ?多分効くわよ』


 それだけ言い残してスピーカーフォンが切れ、代わりにメールが届いた。慌てて確認すると、そこには国際指名手配として何度も見た覚えのある顔ぶれが、酒を片手に乱痴気騒ぎしている写真。そして、二枚目には彼らが全員酔い潰れたのか薬でも盛られたのか眠りこけている写真が。


「ありがとうございます!アンナさん!!」

「はー。何のこったか他国の女スパイ相手にまぁ…………」


 聞こえてはいないが、とりあえず礼は言っておく藤田。当然ながら宮田は呆れ果てていたが、今はこの写真は今も走り続けるテロリストを止める切り札にもなる。


 持っていく予定は無かったが、スマホを持って防護服を着用した藤田は宮田と一緒にヘリに乗り込む。ローターが回り出し、飛び立ったヘリから東京の街を壊して進むガザラが見えた。


 アレをなんとかしないと。その一心でその場の全員が放射性物質の反応を追って最高速度でヘリを走らせていく。


「うっ…………や、やっぱり追いかけて来た!!」


 既に放射線被曝で全身を襲う倦怠感と吐き気で意識が朦朧とし始めている中で、もう頭にあったのは任務を遂行しないと先輩達に殺されると言う強迫観念のみ。


 このままだと放射線被曝で死んでしまいかねないが、だからと言って逃げ出したり投降したりしたら先輩達に地の果てまで追いかけられて殺される。


 殺されるのは嫌だ、と思いっきりアクセルを踏む。しかしヘリの速度に市販の車の最高速度などでは逃げ切れるものでは無い。


 車の真上、直上に藤田の乗るヘリが並走する。拡声器を口に当て、声な限り叫ぶ。


「停車してくれ!!もうこれ以上君が苦しむことは無い!!」


 今更何を言うのか。ここで投降してしまえば、もっと苦しいに決まっている。警察だか自衛官だか知らないが、信用なんて出来るものか。


「君たちに指示を出していた地球防衛軍の幹部達は全員確保済みだ!!ここで投降しても、粛清する様な奴は居ない!!」

「はっ!?」

「証拠がある!!地球防衛軍の幹部達は全員、酒を飲んでひっくり返っている!!そんな奴らのために君は命を捨てるのか!?」


 一体何を言っているんだろうか。あの人達が、確保された。酒を飲んでひっくり返った。そんなことあり得ない。私たちはこんなにも苦しんでいるのに、それにせめて報いてくれなければ意味がないんだから。


 そう。ここまで苦しんだ意味が…………


「危ない!!止まれーっ!!」


 やがて彼はハンドルを握る手が滑り、カーブを曲がり切れず最高速度で首都高速のガードレールに激突した。


 フロントガラスが粉々に砕け散り、見るも無惨に原形をとどめていない車。中に乗っていた彼がどうなったか、誰しもが想像してしまうほどの大事故だった。


「そんな…………」

「運命だったと諦めよう。それより、あの中からコアを回収するぞ。あのコアには東京の明日が掛かっているんだ」

「…………ですが、手遅れかもしれません」


 首都高速の道路に降り立った宮田がいざと言う時に使うべく持って来た溶断機やチェーンソーの準備を進める中、通信士が不意にそんな事を口にする。


「ラグラが東京に上陸しました。江東区から新宿方面に向けて進行中。ガザラと戦うつもりの様です」



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