第三章 その六

「ロリシカ諜報局のアンナよ。貴方達日本に有益な情報を持ってきてあげたの」


 明らかに偽名だと分かる、アンナを名乗るその女スパイは藤田達の乗っていた車に背中を預けてリラックスしていた。その余りにも堂々とした態度に、わざと追跡に気づかせたのだと三人とも気づく。


「偏見を持った印象だとは理解しているがね。ロリシカと言えば地球防衛軍に資金提供を疑われて居なかったかい?そこの諜報員が今更日本の為に有益な情報をってのはねえ」

「あら。それを言うなら同盟国の日本を怪獣の餌にしたアメリカ人の野蛮さよりかはマシじゃないかしら?」

「ま、まあまあ落ち着いてください二人とも………」


 一触即発の雰囲気を醸し出すドクターマトンとアンナ。藤田が止めなければ延々とにらみ合っていそうな勢いだった。しかしそんなことをしている暇がないのはお互いにとって同じこと。


「貴女の言う有益な情報とは何です?そしてそれが信用できるという根拠を仰ってください」

「そうね。根拠は無いわ。信じるか信じないかを決めるのはあなた達と言うだけ。ただし信じなければ損をするのもあなた達よ」


 そう言ってアンナはミサにUSBメモリを渡した。ミサは不思議そうにそのメモリを見つめるが、アンナはウィルスは仕込んでいないわ、とだけ言い残して背を向けた。


「ちょっと待ってください!このメモリの中のデータって………」

「見ればわかるわ」

「どんなデータかだけでも教えてくれませんか?貴女が俺達の為になるって本気で思っているのなら」

「………」


 藤田の言葉に呆れたように振り向くアンナ。何と言うか、藤田の真っすぐな目に絆された訳ではないのだが、やはりどちらかと言うと日本の自衛官が他国のスパイ相手にここまで真剣にお願いしてくる姿に呆れ果てたのだろう。


「………元々、ロリシカはサンズ・オブ・トリニティの新型原子炉に使われた核燃料物質の情報を手に入れる為に地球防衛軍に資金と武器を提供したわ。彼らに突入させて、その隙に記者に紛れて潜入した諜報員が核燃料を一つ確保する予定だった」

「人の命を何だと思っているのかな、ほんと」

「ドクターマトン、ここは抑えてもらえますか?」

「だけど地球防衛軍はやりすぎた。ロリシカ以外からも資金と武器の提供を受けていた彼らはサンズ・オブ・トリニティを陥落させ、原子炉を臨界状態にした。ある種の自爆テロね。そしてその結果、あの二体の怪獣がマリアナ海溝で誕生してしまった」


 ガザラとラグラの出現によって、今や世界中が怪獣と言う驚異を知った。急遽出撃しただけの戦力とはいえ、自衛隊の総攻撃を受けてなお死なずに暴れまわる深海獣。その誕生のキッカケはエコテロリスト達の自爆テロだった。


「ロリシカもアメリカも、あの核燃料を加工したコアを使えば怪獣を誘導できることに目をつけているわ。核ミサイルを使って世界中から非難されるよりもずっとスマートなやり方だってね」

「そんな………」


 広島と長崎に投下された核爆弾は、投下したアメリカでは戦争を終わらせた正義の一撃と教えられている。しかし実際には残された余りにも凄惨な被害と残留放射能で苦しめられた被害者たちと言う現実は、戦後の地球で核抑止力と言うきれいごとを名目に核兵器をタブー視させた。


 核兵器使用は、使用した国家の国際社会からの追放を意味する。しかし使いたい国は幾らでもある。アメリカやロリシカのような大国は、核兵器の代わりになって、なおかつ国際世論を敵に回さない新兵器を求めた。それが怪獣とは誰にも予想はつかなかっただろうが、怪獣による被害と残留放射能汚染は新型核兵器にも十分匹敵するだろう。


「だけどそのコアの一つを地球防衛軍に奪われた。このままではどこで怪獣災害が発生するか………」

「だからこそこのUSBよ。ロリシカが現時点で把握している日本での地球防衛軍の拠点のデータのすべてが揃っている。これを有効活用するかどうかは、あなた達次第ね」


 薄っすらと笑い、顔を青ざめさせている三人を見渡すアンナ。特にドクターマトンにしてみれば、これほどまでに怪獣の脅威と被害を自分たちの利益の為だけに利用しようとする祖国に嫌悪感すら滲ませていた。


「後は任せるわ。これ以上は私の身も危ないし」


 それだけ言い残してアンナは自分の車に戻っていった。



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