第三章 その五

 首相官邸を後にしたミサとドクターマトンは、藤田の運転する車に乗ってドクターマトンの泊っているホテルに向かっていた。


「とりあえず、桐島博士のキリシマプランは採用されたってことでいいんですよね?」

「ええ。総理の認可は貰えました。ただ、アメリカがサンズ・オブ・トリニティの核燃料を囮として使うことを許可するかどうか………」

「それ以外にもコアを一つ奪ったエコテロリスト達だね。確か、地球防衛軍を名乗っているんだったか。サンズ・オブ・トリニティを襲撃した奴らと同じ組織らしい」

「地球防衛軍なんて、ただのテロリストじゃないですか」

「彼らにとっては地球防衛活動なんだろうね。私もアメリカの友人に聞いてみたが、特にエネルギー関連施設を狙うことで有名な奴ららしい」


 地球防衛軍と言う名前も、あくまで日本で活動するにあたってそう名乗っただけで、世界各国で同じ意味の名前を名乗って活動しているエコテロリスト集団だった。ミサも藤田も、テロの危険など遠い昔に起きたと言うカルト教団の毒ガステロくらいしかなかったはずの平和な日本にそんな野蛮なテロリストが入り込んでいるという事実に、どこか現実味を感じられなかった。


「なぜエネルギー関連施設を襲うのでしょう。彼らだってエネルギーが無ければ生活していけないでしょうに」

「環境保護に熱心な平和の使者を名乗って人を殺す奴らさ。その程度の矛盾なんて見なかったことにすれば存在しないも同じなんだろう。それより、フジタ君。さっきから後ろの車が付いてきているように見えるが?」

「ええ。官邸を出たあたりからずっとつけて来てますね」


 ミサは気づいていなかったが、地味目の黒い車がずっと三人の乗る車を追いかけて来ていた。日本政府や自衛隊の護衛の追加は聞いていないし、何よりただの学者とその送り迎えをしている一自衛官を追いかけまわす理由はない。


 藤田は目的地のホテルとは逆方向にハンドルを切った。当然、黒い車も追いかけてくる。やがて三人の乗る車はショッピングモールの立体駐車場へと入っていき、黒い車は平面駐車場で場所を探すふりをしつつ、やがてこちらも立体駐車場へと入っていく。


 避難している人が多いと聞く東京だが、ショッピングモールの立体駐車場はそれなりの入りだった。避難したくても仕事を放り投げられない者たちがこれほど大勢いるとは、と微かに日本人に同情しつつ、黒いサングラスをかけ帽子を深く被った女性は車を降りる。そして覚えておいたナンバープレートの車を見つけて近寄ると、突然車の鍵が遠隔で開いた。


「こりゃあ驚いた。まさか麗しい女性がストーカーの正体だったとは。私たち三人のうちの誰が本命かな?私だと嬉しいんだが」

「ドクターマトン。あまりそう言ったセクシャルハラスメント的な言動は慎んでいただかないと」


 驚いて振り向いた女性の前に、車のキーを片手にニコニコと笑うドクターマトン。その隣のミサは疑り深い目つきで女性とドクターマトンを睨んでいて、そこで女性は一番警戒しなければならなかった自衛官が居ないことに気づいた。


「せいっ!!」

「っ!!」


 気配を隠して潜んでいた藤田が女性の背後に迫る。そのまま取り押さえようと手を伸ばすものの、即座に女性が身を引いたことでサングラスと帽子が外れただけで終わってしまう。


 しかし、それによって見えた素顔を前に三人は思わず唸ってしまった。真っ白な肌に緑の瞳。日本人離れした美貌に美しい黒髪を肩のあたりまで伸ばしたその女性は、一目見ただけでどこの国の人間か分かってしまった。


「ひょっとして、ロリシカの諜報員かな?」



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