第三章 その三

「深海からやってきた驚異の大怪獣、ガザラとラグラ。日本人っていうのは町を一つ踏みつぶした怪獣の名前でここまで盛り上がれるなんて、随分と暢気じゃあないか」

「日本には対岸の火事、と言う言葉がありますわ。ニュース映像で見るだけなら、災害もお祭りも変わらないものでしょう」

「成程。その昔、湾岸戦争がニンテンドーウォーと呼ばれた話を思い出すね」


 ホテルのロビーで読み終えた新聞を丸めたドクターマトンが皮肉っぽく笑い、ミサは曖昧な顔で沈黙する。


 東京の一等ホテルに滞在しているドクターマトンはガラガラのロビーを見渡して微かにため息を吐いた。東京湾にガザラが出現して以降、東京に滞在しなければならない理由がある人以外は一斉に逃げ出してしまった。今頃成田空港は国外行のチケットの奪い合いにすらなっていることだろう。


 これは東京だけでなく、太平洋に面したあらゆる都市で同じことが起きている。アメリカでも、西海岸沿いの都市ではネズミが逃げ出すような勢いだとニュースでやっていた。


「すみません!遅れてしまいました!!」


 その時、藤田がホテルのロビーに慌てて駆け込んで来てミサとドクターマトンの元にやって来た。この三人で独自に自衛隊、そして学術班の意見をすり合わせてみようとと言うわけだ。


「いや、大丈夫さフジタ君。時間は十分にあるんだ」

「対策本部ではどのような結論が?」

「やはり現時点での装備では、あの二体の生命活動の停止は難しいという結論です。何せ、どちらも我が方の最大火力をもってしても再生してしまったのですから」

「やはりそうか」

「なので、片方に戦力を集中させ、一体ずつ確実に殲滅するための作戦案を立案させるとのことでした。多分、明日あたりの会議で方法を聞かれると思います」

「怪獣の行動を誘導するだけなら簡単なのですが…………」


 ミサの言う通り、既に怪獣達は日本に誘導されてやってきて居る。より確実な誘導策を用意出来なければ、遠からずまた二大怪獣の総進撃が日本を襲うだろう。


「前回は二体とも追い払えたが、超深層から地上と言う過酷なまでの環境変化に適応してみせた怪物だ。同じ手が次も通じるかどうか…………」

「そもそも、なぜガザラは撤退したのでしょう?ラグラは背骨、もしくは脊椎への損傷の可能性もあったので分からなくはないのですが…………」

「普通に歩けてましたし、こちらの攻撃を受けながらでも回復出来そうですよね。

「そうだ。それにそもそもガザラの脱皮攻撃はともかく、ラグラの地震攻撃は生態として獲得した理由が分からない。超深層であそこまで巨大化した生物が、何故あんな攻撃方法を手に入れたんだ?ラグラは明確な攻撃の意志を持って、あの前足で地面を揺らしていた。つまり、ラグラはあの姿になる中で敵が居たはずだ」

「まさか、ガザラ?」

「それだ。あの東京湾に漂着したクジラとシャチの死体がラグラとガザラによる物なら、あの二体は海中に天敵と呼べる存在は居ない筈だ」


 そもそもあの全長100mを超すであろう巨大を餌に出来る生物が、海中はおろか地球にどれだけ存在するかはさておいて。


「つまり、ガザラはラグラの負傷を感知して追撃をしようとした。ラグラはその気配を察知して、不利な状態でガザラと戦うのを避けるべく太平洋へ逃げた?」


 ミサの出した結論は、怪獣対策の一つの光明となり得る一手だった。

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