第二章 その六
東海町工業地帯。小牧基地など全国各地の自衛隊基地に事前から出撃準備を整えて緊急配備されていた十三台の戦車によって構成された一個戦車中隊が戦闘配備に付き、セントレアに上陸したサメ型怪獣が接近するのを待ち構えていた。
小牧基地から発進した誘導用ヘリが名古屋上空を通過し、そのまま名古屋へと進行を続けるサメ型怪獣を目視する。
「目標を確認。避難完了報告を受けていない為、照明弾による誘導を試みる」
ヘリのガンナーが射撃機構を照明弾に切り替え、サメ型怪獣の見開かれた目の視線に合わせて発射する。眼球を保護する瞼が存在しないサメ型怪獣は突然現れた強烈な光に一瞬視界を奪われ、やがてもう片方の目で誘導用ヘリを見つけて追いかけ始めた。
「誘導成功、攻撃可能範囲まで残り500」
全身から稲妻を走らせ、サメ型怪獣は土煙を上げながらヘリを追いかけていく。そのスピードはヘリに追いつくほどではなくとも充分早い。戦車部隊長は改めて怪獣と言う実在するはずのなかった脅威を目の当たりにしていた。
「全車攻撃態勢!脚部及び頭部に攻撃を集中せよ!!」
日頃の訓練はこの為にあったとは口が裂けても言えないが、陸上自衛隊戦車部隊の練度を証明するチャンスと言う想いは間違いなくあった。
「攻撃可能範囲まで残り50、40、30、20…………」
「誘導用ヘリ離脱!」
「対象の攻撃可能範囲への侵入を確認!!」
「誘導用ヘリの離脱を確認!!」
「射撃開始!!」
十三台の戦車部隊の一斉射が怪獣に向けて発射される。僅かな間隔を挟み、怪獣の頭部に十三発の爆発が起こる。
「着弾を確認!外皮の損傷を目視にて確に………なにっ!?」
誘導ヘリの観測手は自分の目を疑った。十式戦車砲十三発の直撃を受けた怪獣の頭部は確かに大きく損傷していた。外皮は破れ、筋肉の一部が吹き飛び、頭蓋骨格らしきものが見えていたはずだった。
しかしそれらの傷は僅か五秒と経たずに頭蓋骨格から滲みだしてきた蛋白質性らしい液体が凝固し、やがて新しい皮膚に変わっていた。
「傷口の再生を確認!十式戦車砲の砲撃では致命傷を与えられない!!」
「航空支援を要請する!!」
「怪獣が移動を開始!!戦車部隊直ちに全速後退せよ!!」
「怪獣が跳躍!!間に合わない!!」
傷口の再生を終えた怪獣は戦車部隊をその目で凝視し、土煙を上げて突撃していく。東海町工業地帯は本土から僅かにではあるが海で分断されており、万が一倒しきれなくても怪獣の進行が僅かでも遅れる隙に後退出来るはずと言う事前の予想は、怪獣が突撃の勢いに乗って大ジャンプしたことで裏切られた。
前足に稲妻をまとわせた怪獣が、全体重を込めて振り下ろすように着地する。世界最高峰の耐震性を備えたセントレア空港のターミナルにすらヒビを入れた超局所的地震攻撃を受けた戦車部隊は一台残らず宙に浮き、着地と同時に動かなくなった。
「戦車部隊壊滅!!」
首相官邸の本部に悲鳴のような声が轟き、二つのスクリーンに映る二体の怪獣と、その怪獣によって壊滅状態に陥った自衛隊部隊の被害状況を前に誰しもが言葉を失っていた。
「総理!小牧基地から出撃したF16‐J二機が現場に到着しました!!ミサイル発射の許可を求めています!!」
「駄目だ!!戦車部隊の生存者の確認が済んでいない!!」
「誘導ヘリに再度の誘導を指示します」
官邸からの指示を受けて誘導ヘリが再度怪獣の視線の先に移動する。怪獣は即座に反応して追いかけ始め、再び海を飛び越えて本土に上陸する。
「足を止める。空対地ミサイル発射!!」
そのままヘリを追う怪獣めがけてミサイルが発射され、脇腹の辺りに四つの爆発が起きる。怪獣は微かにうめき声をあげて足を止め、空を飛び去って行くF16‐Jを睨む。
「SSM1を発射する。空対地ミサイル再度発射!その場に固定せよ!!」
「了解!ミサイル発射!!」
少し離れた場所で待機していた野戦特化部隊が準備していた88式地対艦が起動する。確実に当てるため、残された最後のミサイルが怪獣の背中に着弾。今度は背骨が露出するものの、やはりと言うか即座に蛋白質性らしき液体がしみだして傷口の再生が始まってしまう。
「照準良し!!SSM1、撃てっ!!」
まだ傷口の再生が済んでいないそこに再度のミサイルが着弾。怪獣の初めての苦悶の声が周囲に響く。誘導ヘリの観測手の目には背骨に僅かながら破損が確認されていた。
「効果を確認!骨格そのものの再生能力は確認できず!!」
「波状攻撃を仕掛けろ!!まずはサメから駆逐する!!」
「了解。SSM1第二射、撃て!!」
再び怪獣に迫る地対艦誘導弾。だが、それを察知したのか怪獣は走り出す。直撃こそ避けられなかったものの、臀部が抉れたかと思えばその傷は即座に再生を始める。
「バカな!!背骨が破損していて動けるのか!?」
本来なら背骨を持たないはずのサメのような怪獣とはいえ、大地を四足歩行する以上は生物学的には背骨に破損があれば行動不能になるはずと言う常識が通用しないという根源的恐怖に恐れおののく。東京湾の甲殻類怪獣共々、人間はこいつらに勝つことができないのでは、と言う考えが全員の脳裏に過った。
だが、背骨の破損はサメ型怪獣も流石に堪えたのか暫く立ち止まる。そしてそれと同時に東京湾の甲殻類怪獣が、西の方角に向きを変えて金属がきしむような咆哮を上げた。まるで何かに歓喜するような咆哮だった。
やがてサメ型怪獣はそのまま名古屋方面には向かわず伊勢湾に飛び込み、巨大な波を残して太平洋へと泳ぎ去っていった。そして、それとほぼ同時に東京湾の甲殻類怪獣もまた、東京への進行よりも何かを優先するように引き返していく。
あとに残されたのは自衛隊に出た甚大な被害と、壊滅したセントレアと常滑市と東京湾アクアラインだけだった。
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