第二章 その三

 愛知県常滑市、中部国際空港セントレア。


『セントレアをご利用のお客様にご連絡致します。現在霧に加えて原因不明の電波障害が発生しており、安全を記すために全便欠航となっております。ご不便をお掛けしておりますが、ご理解の程宜しくお願い致します』


 同じ内容を様々な言語で繰り返し、空港のロビーではまだなのかと苛立った利用客が詰め寄っていた。携帯電話やスマートフォン、タブレットにパソコンのWi-Fiも繋がらず、遂には何度も繰り返されていたアナウンスにもノイズが混じり出した。


 そして同じ頃、滑走路で作業も無く暇を持て余していた整備士達も異常を感じ始めていた。霧のせいで周りがよく見えない上に、遠くに聞こえる筈の海の音と潮の匂いが、今日はやけに近く感じられる。


「お、おい…………」

「海水…………?」


 海水が防波堤と柵を乗り越えて滑走路へ入り込んできていたのだ。台風でもなければ有り得ない事。誰しもが困惑で顔を見合わせる中で、今度はドーン、と言う激しい振動と音が響いてきた。しかもその振動は連続していて、どんどん大きくなってきている。


 霧の中から何かが近づいてきている。思わず懐中電灯を点灯してゆっくりと振動の方向に向けていく。


 懐中電灯の明かりに照らされて、彼らが見たものは生々しい灰色の壁のようなものだった。ヌメヌメとテカっていて、僅かな粉塵を浴びて微かに汚れている。ついさっきまでそこには何も無かった筈なのに。


 バチバチと稲妻のような物が壁から発生し、稲妻の高熱で周囲を惑わしていた霧が消える。


「な、なんだアレ!?」


 空港のロビーで滑走路を眺めていた一人が思わず悲鳴混じりに叫ぶと、その言葉に反応して一斉に空港中の人々が滑走路を振り向く。


 そこに居たのは、白っぽい四足歩行の灰色の怪物だった。目は大きく見開かれ、牙を剥き出しにした口を開く。背中の一本の巨大な背鰭を揺らし、指こそ無いが強靭な前足を持ち上げ後ろ足で立ち上がる。全長は足元の飛行機がオモチャに見える程大きく、滑走路に前足を振り下ろすと激しい地震がセントレアを襲った。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」


 滑走路に巨大な足跡と地割れが刻まれ、セントレア中のあらゆる窓ガラスが割れる。耐震性においては南海トラフ地震に備えて絶対の備えをしていたはずの第一ターミナルにヒビが入り、サメ型怪獣はそれを知ってか知らずか搭乗口を踏み潰すようにして接近していく。そして第一ターミナルに前足を押し付け、体重を込めると、第一ターミナルは暫しの抵抗虚しく根元から折れて倒れてしまった。そして倒れた先にはまだ大勢の人々が逃げ惑うアクセスプラザが。


「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんッッ!!」


 一瞬にして瓦礫の山と化したセントレアの真ん中で、サメ型怪獣が雄叫びを上げる。


 そしてその雄叫びに反応するように、小笠原諸島近辺の海底でもう一体の深海怪獣が東京湾に向けて進軍を始めるのだった。

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