第二章 深海獣出現
第二章 その一
「動物の行動を誘導する方法は幾つか存在します。同種の異性のフェロモン、帰巣本能、そして餌です」
城南大学。ミサの研究室でモルモットがスポイトで垂らした餌の匂いに誘導されて迷路を迷いなく進んでいく。
「勿論個々の種で習性も違いますし、個体ごとの個性もあります。必ずしもこれが最も効果的な誘導方法だと断言することは出来ません」
「だが、この震源は迷い無く日本を目指している。マリアナ海溝で産まれたあのハサミが日本に帰巣本能を持つかな?」
「可能性はゼロではありません。帰巣本能を刺激するものが、例えば渡鳥の鳴き声であればそれを追いかけるでしょう。しかし、深海で産まれた生物の帰巣本能を刺激するものが、地上や海上にあるとは思えません」
「間違い無く雌が日本に居るはずも無いしね。となると、可能性があるのはやはり餌か」
ミサもドクターマトンも、怪物の餌となり得るのはたった一つしかない事は分かっていた。サンズ・オブ・トリニティの原子炉だ。
「やはり、回収を諦めていないのでしょうか?」
「ヘタをすると既に回収済みって可能性の方がありそうだ。あの会議で私たちに見せた時点で既にね」
「まさか、そんな…………」
「とにかく、この震源のデータと一緒に日本政府に掛け合ってみよう」
果たして間に合うのか、と二人の間には口には出さないが不安が大きくなりつつあった。震源の移動速度とフィリピン海での事故を考えれば、震源の元となる生物は一週間以内に日本に到着すると言う結論が既に出ていた。
そしてその情報を共有している藤田もまた、なんともならない不安を抱えつつ上司に掛け合うことしか出来ないもどかしさを抱えていた。
「ですから、怪獣がくるんですよ!この日本に!!」
「お前の言いたい事はわかった。マリアナ海溝のカニだかエビだか分からん怪獣の事はこっちも知ってる。だがだからと言ってそんな巨大な深海生物が水深差、水圧差を飛び越えてわざわざ日本まで来る訳が無いだろう」
「でも、来てるんですよ!こうして!ほら!!」
「巨大ガニがわざわざ海上まで浮上して豪華客船を沈めたってのか?怪獣映画の見過ぎだ」
「本当なんです!!信じて下さい!!」
「分かった。分かったから落ち着け。少し休暇を取るか?」
海上自衛隊厚木基地で、とりあえず事情を知っている中で声をかけられて一番階級の高い宮田三等海尉に必死に訴えかけるも、宮田は鬱陶しそうにあしらうばかり。せめて彼からさらに上の上官たちに進言してくれれば、と言う僅かな願いだったのだが、それはいとも容易く打ち砕かれつつあった。
「伝令。藤田一等海士、宮田三等海尉。司令室まで」
その時、司令室からのいきなりの呼び出しに宮田は可哀想なものを見る目で藤田を見てきた。ああこのまま彼は国家機密保持の為、口封じに何処かへ左遷させられるのだ、と。たまたま邦人救助作戦で活躍したばかりに国家機密を知ってしまったせいで、逸る気持ちを抑えきれないばかりに、と。
しかし藤田もそれならそれで司令に直談判してやるのみだ、と意気込んで胸を張る。そして司令室に出頭した二人を待ち構えていたのは、左遷の辞令では無かった。
「先日の巨大深海生物の件だが…………」
「司令!!今すぐに海上に防衛線を敷くべきです!!手遅れになる前に!!」
藤田の勢い任せな言葉に基地司令が顔を顰め、宮田もあーあ、と知らぬ顔を決め込む。だが司令はため息混じりに立ち上がり、窓の外の東京湾を眺めた。
「三十分前の話だ。日米両政府の極秘会談の結果、マリアナ海溝で産まれた巨大深海生物は我々自衛隊で対処する事が決まった」
「?」
「はい?」
「これは国家機密案件なので外部には絶対に漏らしてはならない。サンズ・オブ・トリニティの原子炉は既に回収され、現在日本海の極秘施設で保管されている。放射能漏れは確認されていないが、おそらく巨大生物はそれを追い日本に来ると言うのが日米両政府が出した結論だ。よって、只今より陸海空自衛隊は厳戒態勢に入る。君たち二人は市ヶ谷に新設された統合作戦参謀室付けに配属される」
「ええ!?」
「そんないきなり!!」
「これは命令だ!藤田一等海士!!君は巨大生物対策を進言していたな。良かったじゃないか」
基地司令はそれだけ言い残して二人に背を向ける。これ以上は話す気はない、と言う事らしい。宮田はここまで来てようやく、どうやら藤田に巻き込まれて貧乏くじを引かされた事に気づいて天を仰ぐしかなった。
「ありがとうございます!!」
しかし隣の藤田は宮田の気持ちなど分かるはずもなく、満面の笑顔で敬礼するのだった。
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