第一章 その三

『夕方のニュースの時間です。マリアナ諸島の各海岸に深海魚の死骸が複数打ち上げられているのが発見されました。中には未発見の新種も幾つか含まれており、その原因は今のところ判明しておりません。海底火山の噴火の影響と言う専門家の説に対し、半年前のサンズ・オブ・トリニティの原子炉の海中投棄の影響ではと言う声も………』


 フィリピン海洋上。オーストラリア発、日本行の豪華クルーズ船は波をかき分けて日本に向かっていた。ゆったりとした船旅を楽しむ観光客と、彼らをもてなす船員たち。


 デッキのプールで日焼け止めを塗りながら衛星ラジオから聞こえてくる日本のラジオを聞いていたカップルが、口々に怖いね、と呟きあっていた。別に本心から言っているわけではなく、ただ会話のネタにしたかっただけだった。


 デッキで遊びまわる人、部屋で休む人、混みだす前にと早めのディナーを楽しむ人。客たちは皆、思い思いの楽しみ方でこの船旅を楽しんでいた。しかし、その時既に操舵室では不可解な現象が確認され始めていた。


「レーダーに感あり。本船進行方向に岩礁のような影があります」

「岩礁?馬鹿な、この航路上に岩礁など今まで無かったぞ」

「海底火山の噴火による隆起の可能性も………」

「だとしても何かしらの兆候があってもいいはずだ。だが、まあ仕方ない………岩礁を避けて航行する。面舵一杯!!」


 船長の指示で操舵室の全員が動き出す。舵が効けば客たちが気づくか気づかないかくらいの僅かではあるが、客船が微かに揺れた。進行方向がレーダーに映った岩礁の影からずれ始め、そしてレーダーを確認していた船員が異常に気付く。


「船長!!岩礁が移動を開始しました!!」

「なんだと!?」


 レーダーに映る岩礁はゆっくりと移動を開始し、進行方向を変えた客船を追うかのように接近してくる。


「こんな岩礁があってたまるか………」


 ドーン、と天地がひっくり返ったような衝撃が客船を襲う。立っていた者たちは全員床に転がり、座っていた者たちも椅子から転げ落ちた。けが人も少なくなく、自身も額から血を流していた船長は何とか立ち上がって非常警報を鳴らした。


「SOSを!!全スタッフに通達!!けが人の把握と救命胴衣の用意を!!お客様の安全を第一に!!」


 客船中に一斉に響き渡る船長の声。だが、パニック状態の船内ではその言葉で僅かにでも冷静になれた者は少なかった。客たちだけでなく、一部の船員も貴重品をひっつかんで我先にと救命胴衣と避難用ボートを求めて走り出したその時、二度目のドーン、と言う衝撃が走った。


 再び誰しもがその場に倒れこむ。今度はケガでは済まない人が少なからず出てしまい、あちこちで痛みにうめく声やすすり泣く声が響く。そして船内の殆どの人が、その場から動けなくなってしまった。


「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん………」


 何か、地の底、海の底から響いてくるようなうめき声が響き渡る。そして三度目のドーン、が船を襲った。


 今度は衝撃だけでなく、船が明らかに船頭方面に斜めになっていくのが船内の誰しもが分かった。何か、とてつもない大きさのモノが船頭によじ登ろうとしていると分かったのは、何とか立ち上がって操舵室の窓から外を見た船長だけだった。


「ウワアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」



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