第一章 その二

 映像は途切れた。誰しもがその映像に映っていた足とハサミの迫力に圧倒されていたのだ。


「この映像は、本当に記録映像なのですか?」

「ええ。わが国で開発された最新鋭無人潜水艇は、映像を記録しながらでもマリアナ海溝の最深部まで往復することが可能です。桐島博士、この映像に映った深海生物に心当たりはございますか?」

「………今の足とハサミだけでは、具体的な種目名を出すことはできません。マリアナ海溝の中で見つからずにいた新種の可能性もあります。せめて、全長が判明すれば………」

「無人潜水艇ってことは、人が乗ることを想定していない小型の奴だろう?せいぜい潜水艇の大きさは分からないが、全長一メートル以下くらいの機体のカメラだったら、あんな風に大きく見えることだって………」

「潜水艇の大きさは全長二十メートルです。カメラのサイズと映像で映った角度を計算した結果、この足の横の太さは少なくとも十メートルと言う計算結果でした。また、ハサミの方は三十メートルを超すとのことです」


 突然招待されたミサとドクターマトン以外が一斉に書類をめくり、それぞれが思い思いに口を開く。あり得ない、そんな馬鹿な。怪獣映画じゃあるまいし。


 誰が怪獣映画と言い出したのかは分からなかったが、ミサはその言葉でようやくこの場に呼ばれた理由が分かった。かつてドクターマトンとサンズ・オブ・トリニティで語り合ったものと同じ。新型原子炉の発している放射線が生物にどんな影響を与えるのかと言う調査に、巨大化するなどの異形化してしまった可能性を考えているのだ。


「ですが、理由はどうあれマリアナ海溝の超深層に適応した上でそれほど巨大化したのであれば、深層以上の水深まで浮上する可能性は限りなく低いのではないでしょうか。調査の結果見つかった貴重な新種として発表すれば………」

「もちろんいずれは発表します。しかしこの調査は新生物の発見ではなく、深海に投棄された新型原子炉が回収可能かどうかの調査なのです。もしもこの生物が巨大化するほどの新型原子炉の放射線の影響を受けているのなら、三機のうちどれか一つは確実に回収不可能と言うことになります」

「オイオイ、まさかとは思ったが本当に回収するってのかい?テロリストがまた狙ってくるぞ?」

「テロの標的になることは、勿論想定しています。ですがサンズ・オブ・トリニティの開発に日米両政府は莫大な予算をつぎ込みました」

「モッタイナイって精神には感心するが、トキとバアイって精神もあったんじゃなかったかな?」


 ドクターマトンの皮肉にも、政府関係者たちはクスリと笑うどころか表情一つ変えようともしなかった。不満げに鼻を鳴らすドクターマトンを他所に、改めて映像、そして静止画を確認するミサ。


「少なくともこの映像と画像だけでは、この生物が蟹か海老かの判別も不可能です。また甲殻類には足やハサミが体よりも大きい種も存在し、全体のサイズの推測も難しいです。この生物の観測、および研究に参加させていただけるのであれば協力させて頂きたいとは思います。ですが………」

「原子炉回収の手伝いは出来ないね」


 ドクターマトンがミサの言葉を引き継ぎ、政府関係者達は深いため息を吐いた。仕方ない、ともとれるようなため息だった。藤田はそんな彼らに対して明らかに眉をひそめていたが、何かできるはずもない。


 結局、この件は他言無用と誓約書にサインさせられてこの日は解散になってしまうのだった。



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