第一章 深海獣誕生
第一章 その一
「お久しぶりです、ドクターマトン」
「ああ、ようやく退院できたよ」
サンズ・オブ・トリニティ占領事件から半年。防衛省市ヶ谷庁舎に呼ばれたミサは、駅のホームでドクターマトンと再会した。
「アレからどうしていたんだ?」
「元々城南大学からの出向の立場でしたから。大学の研究室に戻りました」
「私もケガが治って退院したら、アメリカの大学に戻らなければと思っていたところさ。しかし急な呼び出しだが、もう取り調べは終わったと思っていたよ」
「日本とはそういう国ですわ。あら………」
駅を出ると、一人の青年が敬礼して二人を待っていた。
「お待ちしておりました!!」
「おお、君か!!フジタ君!!」
あの日、サンズ・オブ・トリニティから二人を救出した青年、藤田政樹は真っすぐ真面目さを醸し出す目でミサとドクターマトンを見つめていた。
「君のおかげで私たちは命を救われた。いくら礼を言っても足りない」
「本当にありがとうございました。もしも貴方が来てくれなければ、あのテロリストに殺されるか人質にされてしまっていた事でしょう」
「それが僕の仕事ですから。それより、庁舎にご案内致します。ちょっと大変な問題が発生してしまいまして」
「問題?」
「ええ。機密情報なんですけど、口で説明するのは難しいんで………」
藤田は実際に難しそうに目を細めていて、ミサもドクターマトンもお互いに顔を見合わせるしかない。ともかくそのまま藤田に連れられてやってきた会議室には、大勢の防衛省の将校だけでなく、総理をはじめとする閣僚たちも列席していた。見れば、パソコンの画面越しにアメリカの政府関係者もリモートで参加している。
一体何事が起きているのだろう。思わず背筋が伸びるミサ。とりあえず指定された椅子に座り、藤田がプロジェクターと繋がっているパソコンを操作する。
「城南大学、生物学教室の桐島准教授。それにハーバード大学海洋生物学博士のドクターマトン。どちらもサンズ・オブ・トリニティにて、新型原子炉の放射線が生物に与える影響について研究しておられたと聞いています」
「ええ。それが何か」
「これからお見せする映像は、全て実際に撮影されたものです。その上でお聞かせ願いたい。こんなことが本当に起こりうるのかを」
その言葉と共に、プロジェクターからスクリーンに映像が投影された。最初は真っ暗な闇から始まり、次第に真っ白な砂のような物が画面の下に映る。
「………深海、でしょうか?」
「ええ。最新鋭の無人潜水艇によるマリアナ海溝の調査映像です。ちょうど水深10000メートル。計算上では海中投棄されたサンズ・オブ・トリニティの新型原子炉三機が流れ着いているはずの地点です」
潜水艇のライトが僅かに真っ白な砂を映していき、時折深海生物の影のようなものがチラつくばかりだった。しかし、ある地点でドクターマトンが何かに気づいて指をさした。
「ん?おい、あれはなんだ!?」
僅かな深海生物の生活の痕跡が僅かに残るばかりだった深海のなだらかな海底に、明らかに異質なクレーターがあった。それこそ、原子炉のような巨大な何かがそこに落ちてあったのが、ついさっき何者かに持ち去られたような跡だった。
驚きはそれだけではない。突然映像が乱れたかと思うと、海底の砂が一斉に飛び上がったのだ。無人潜水艇がカメラを安定させようと荒れた海底から浮上を始め、それは映った。
「ああっ!」
「オーマイガッ………」
それは巨大な足とハサミだった。潜水艇のカメラの大きさを知らず、また深海と言う比較対象の存在しない場所での映像と言うこともあってか、どのくらいの大きさなのかは分からなかったが、それでも普通ではありえないほど巨大であることは理解できた。
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