<14> 罠
ノアとイルハンが二人を助けに来るのは早かった。さくらとリリーが囚われた場所は、郊外にある古い城だった。今はほとんど使われておらず、たまに王族が別荘として利用するくらいだった。だが、子供の頃からこの城に慣れ親しんでいるノアは、城内を熟知していた。隠し扉や隠れ廊下などすべて知っている。真夜中に忍び込むと、あっという間に、二人が囚われている牢屋へ辿り着いた。
音もなく看守部屋に忍び込むと、すぐに看守は殴られ気を失った。イルハンは鮮やかな手つきで看守を縛り上げ、猿轡をさせた。その間に、ノアは鍵を見つけると、鉄格子の扉を開け、二人に駆け寄った。
物音に気が付き、目を覚ましていたさくらとリリーは、恐ろしさのあまり、お互いの手を取り合って声を潜めていたが、入って来たのがノアと分かると、二人とも目を輝かせた。
ノアが差し出した手を先に取ったのはリリーだった。リリーは立ち上がると、ノアに抱きついた。ノアもしっかりとリリーを抱きしめた。
抱き合っている二人を前に、さくらの差し出したその手はむなしく宙に浮いていた。さくらは、バツが悪そうに自分の手を引っ込めようとした時、横からもう一つの手が差し伸べられた。その手の主を見上げると、イルハンだった。安堵した表情で自分を見つめている。さくらは泣きそうな笑いを浮かべて、イルハンの手を取ろうとした。しかし、ノアが二人の間に割って入ったかと思うと、
「彼女を頼む」
とイルハンにリリーを託した。そして、さくらの腕を取ると、無理やり立たせた。目を丸くしているさくらを見ようともせず、ノアはさくらの手首を掴み、牢屋の部屋を抜け出した。
ジュワンはこの城に自分の部下をあまり置いていないのか、人がとても少ない。スルスルといとも簡単に城壁に一角にある塔にまで辿り着いた。この城は堀に囲まれていて、跳ね橋を降ろさない限り外には出ることはできない。身の軽いノアとイルハンは縄を伝い、堀を渡って侵入したが、さくらとリリーにはできる技ではない。城内に気付かれてもいいから、見張りを倒して跳ね橋を降ろして外へ出るか、城壁を降りて、堀を泳いで渡るかのどちらかだ。
ノアとイルハンは用心深く城壁の塔から外を覗いて周囲を窺っている。その間もイルハンはリリーを優しく支え、ノアはさくらの手首を握ったままだ。リリーの視線はその手首に注がれていた。とても寂しそうで不安そうな顔だった。
さくらはリリーのその顔に気付き、気まずくなった。さりげなくノアの手から自分の手首を外そうとするが、ノアはキッとさくらを睨むと、さらに強く握った。さくらは仕方なく、
「陛下。痛いので手を離して頂けませんか?」
とノアに頼んだ。しかし、ノアはさくらをじっと見ると、
「俺はこの手を離すつもりはない」
とはっきりと答えた。さくらは驚いて目を見張った。ノアは真っ直ぐさくらを見ている。揺るがない強い眼差しに、さくらの心臓はドクンっと鳴った。
「・・・東門を使いましょう」
二人の間の緊張を解くかのように、イルハンが口を挟んだ。
「東門・・・?」
ノアはイルハンを見た。ノアはその門はとても小さく、有事の際に城から逃げ出すための、普段使われていない門――すでに使われなくなって200年近く経っている秘密の門――だということを思い出した。それは堀の下を掘って外と繋がっているとても狭いトンネルだった。ノアは頷くと、東門へ急いだ。
東門へ繋がる広場へ来ると、ノアとイルハンは広場に誰もいないか確認した。この広場の一角に東門へ繋がる小さな扉がある。イルハンはノアに誰もいないと合図を送ると、四人揃って、その扉の近くまで走った。
その扉を開けようとした時、一斉に周りが明るくなった。まるで光が流れるように、何十と言う松明に灯が伝わった。気が付くと大勢の兵士が四人を取り囲こみ、矢を構えていた。
そして、兵士の後ろからジュワンがゆっくりと前に出てきた。
「これはノア陛下。お約束の時間と違うようですが」
ジュワンは冷笑しながらノアを見た。ノアはさくらを自分の後ろに隠すと、ジュワンを睨みつけた。
「ノア陛下。ご安心ください。さくら様は大切な『異世界の王妃』。傷つけるなんてことは致しません。それよりも、心配するのはこちらのお嬢様ではありませんか」
そう言うと、イルハンとリリーを指差した。二人はいつの間にかノア達から離れ、数名の兵士に取り囲まれていた。
「・・・っ!」
ノアはイルハンとリリーを見て唇を噛んだ。イルハンがあっさり兵に囲まれる隙を見せるなんて考えられないことだ。
「少々意外でした。陛下がさくら様の手を引いているとは・・・。てっきりリリー嬢と思っていましたからね。でも、おかけで手間が省けました」
ジュワンは一歩前に出ると、ニヤリと笑った。
「東門・・・。もはや伝説になりつつあるこの門の存在を、よく思い出しましたね」
その言葉にノアはハッとした。東門を進めたのはイルハンだ!
「東門は王族以外知り得ないことだとお忘れか?」
そうなのだ。東門は極秘の門だった。どんなにイルハンが国家機密を知っていようと、滅多に使わないこの城の秘密を、一隊の隊長でしかない彼が知るはずがない。ノアはイルハンを見た。イルハンはリリーをしっかり支えたままだ。だがノアと目を合わせようとしない。
「・・・くっ!」
ノアはイルハンを睨んだ。さくらを握る手に力がこもる。ジュワンに『異世界の王妃』の存在を知らせたのはイルハンだったと分かり、怒りで体中の血が熱くなった。
さくらは、ジュワンの言っている意味は分からないが、イルハンとリリーが囚われてしまったことだけは分かった。ジュワンの思惑通り、リリーが人質になってしまったことに不安と恐怖でいっぱいだった。
「さあ、ノア陛下。どういう状況かもうお判りでしょう。どうぞ素直に国王の証である指輪を私にお譲りください。その指輪は国王陛下御自らでしかはずせない」
ジュワンは大げさに両手を広げた。ノアは無言でただひたすらジュワンを睨みつけた。
「困りましたね」
ジュワンは両手を下ろすと、溜息をついた。
「素直に従って頂けないと、大変なことになりますよ」
ジュワンは片手を上げて、何やら合図を送った。そして、その合図に答えたのが、なんとイルハンだった。
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