<9> 花火

 街の様子は普段の様子と全く違っていた。華やかに飾り付けが施され、人通りも多く、活気に満ちていた。ノアとリリーはその人混みに紛れ、街中を散策していた。はぐれないようにリリーの手を引きながら、ノアは人酔いしそうな街中を、ゆっくり歩いた。

 リリーを見ると、とても楽しそうに出店を眺めながら歩いている。ふと、その横顔が、別の人物の横顔と重なった。初めて城を抜け出して一緒に街に出た時のさくらの横顔。同じように手を引かれ、きょろきょろと楽しそうに周りを見渡していた。リリーは自分を見ているノアに気が付き、嬉しそうに笑うと、繋いでいる手に力を込めた。ノアはハッと我に返り、前を向いた。


 目を逸らされて、リリーは不思議に思ったが、あまり深く考えなかった。ノアと会えない時間が長かったので、内心は不安で仕方なかったが、今こうして、国王という立場でありながらも、自分の我儘を聞いてくれたことに、改めてノアの優しさを感じていた。

 二人はマーケットを巡ったり、広場で道化師のショーを見たり、ちょっとしたゲームに参加したりと、フェスタの催し物を一通り楽しんだ。リリーは心から楽しんでいたが、ノアは正直、さくらが気になってそれどころではなかった。




 薄暗くなったころ、二人は海辺に出てきた。

 静かな海岸付近に腰を下ろすと、穏やかな波音が聞こえてくる。海の向こうに灯台が見えた。ノアがドラゴンだった時に、さくらを連れて行った灯台だ。あの時、さくらはこれからの未来に不安を感じ、目に涙を溜めていた。

『陛下が私を好きになってくれると思う?私なんかをさ・・・』

 そう呟いたさくらが、ドラゴンである自分に抱きつき顔を埋めて泣いていた。ノアはその光景を思い出すと、胸が苦しくなった。

 それと同時に、自分に呪いをかけたドラゴンの言葉を思い出した。

『醜いと思っている姿になってみるがいい』

 さくらはその醜いドラゴンの傍にいてくれた。気が付くと、いつも隣にいて寄り添ってくれた。それだけではない。頬を寄せ、唇を寄せ、抱きしめてくれた。


 突然、ドンッという大きな音がしたと思うと、ヒューっと細い光が夜空に上がり、次の瞬間、パッと花火が広がった。リリーは歓声を上げた。ノアは現実に引き戻された。周りを見渡すと、たくさんの人が楽しそうに拍手をして、歓声を上げている。


『花火も上がるんですよね!』

 興奮気味に叫ぶさくらの笑顔が頭に浮かんだ。あれだけ楽しみにしていたのに、この歓声の中になぜさくらがいない?一番に大きく歓声を上げるのは彼女のはずだ。

(やはり連れてくるべきだった!)

 心配しなくても、城でさくらも花火を見ているかもしれない。だがその横にいるのが自分であるべきだ。ジュワンが代わりに一緒に見ているかもしれないと思うと、ノアは居ても立ってもいられなくなり、立ち上がった。


 突然立ち上がったノアに、リリーは驚いて目を丸めた。どうしたのかと尋ねる前に、

「すまないが城に戻る」

そう言ったノアにただならぬ雰囲気を感じて、リリーは黙って頷いた。今日のノアは、自分の問いかけに上の空の時があった。花火が上がる前は特に酷く、自分が何度も話しかけても、生返事しか返ってこない状態だった。おそらく大事な仕事を残しているのだろうと察し、自分も一緒に戻ると言い出した。

 しかし、リリーが最後まで物を言わないうちに、彼女をその場に残し、ノアは走り出していた。


 さくらはジュワンの申し出を断り、いつも通り一人で過ごしていた。九月のフェスタに合わせて帰ってきたジュワンを引き留めることを申し訳なく思っただけでなく、さくら自身、一人になりたかったのだ。

 洞窟や図書室で時間を潰し、夕方になると、テナーに城から花火が一番よく見える場所を教えてもらい、そこで一人、花火が上がるのを待っていた。

 暗くなってくると、夜風が冷たく感じた。ここは第一宮殿の最上階に位置するバルコニーだった。かなり高いところからでないと、前に建っている第二の宮殿に邪魔されてよく見えないらしい。

 場所が高い分、風がよく通る。羽織るものを持ってくればよかったと後悔しながら、さくらはバルコニーの手すりに頬杖をついて夜空を見上げた。

 突然、夜空にパッと花火が咲いたかと思うと、少し間を置き、ドンッと大きな音がした。

「わあ!」

 さくらは歓声を上げた。花火の音から、それほど遠くないところから上がっていることが分かる。自分の世界と同じように美しい花火にさくらは感動した。


 さくらは花火大会が大好きだった。毎年家族で地元の花火大会に行っていたし、もちろん恋人の亘とも都内の花火大会に行っていた。亘のために、歩きづらい浴衣を着て、髪も可愛らしく結って、頑張ってお洒落していた自分を懐かしく思った。

 何度も空に咲く、花火を見ているうち、視界が霞んできた。いつも誰かと一緒に見ていた花火を今は一人で見ている。今日だって約束していた。一人じゃないはずだった。そう思うとどんどん涙が溢れてきた。一人で見る花火がこんなに寂しいなんて思わなかった。いや違う、一人が寂しいのではなくて、約束を破られたのが悲しいのだ。


 ふと、後ろに人の気配を感じ、驚いて振り返った。そこにはジュワンが立っていた。さくらは慌てて涙を拭くが、ジュワンは優しく微笑みながら近づいてくると、そっとさくらにハンカチを渡した。そして無言でさくらの横に立ち、バルコニーの手すりに寄りかかると、花火を見上げた。

 さくらは何も言わないジュワンに感謝した。ジュワンのハンカチで目元を拭くと、黙って一緒に夜空を見上げた。大輪の花が夜空に何度も何度も咲いては消える。それを見ていると、一度拭いた涙がまた溢れてきた。一緒に見てくれているジュワンに申し訳ないと思っても、一度流れ出した涙はなかなか止まらなかった。


 ノアがさくらを見つけたときは、既にジュワンがいた。さくらの横に立って一緒に花火を見ていることに怒りが込み上げてきたが、さくらの泣いている顔が見え、罪悪感に襲われた。泣いている原因は明らかに自分のせいだとわかっていた。今日の裏切りが、さくらにとってどれほど大きいことだったのか、今更ながら思い知らされた。ノアはかける言葉が見つからず、そっとその場を後にした。

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