<8> 苦い思い出

 フェスタ当日の朝、ノアはさくらを探していた。部屋に行ったが既にいなかったので、図書室に向かった。昨日のこと謝るつもりは毛頭ない。ただジュワンには近づかないように再度警告するつもりだった。


 図書室に入ると、そこにいたのはジュワンだった。ジュワンはノアを見るとにこやかに挨拶をした。

「これは陛下。おはようございます」

 ノアは忌々しそうに、ジュワンを見た。

「何故ここに?第一の宮殿内の立入りは遠慮するように伝えたはずだが」

 それを聞いたジュワンは寂しそうに笑うと、

「申し訳ございません。陛下。しかしこちらには亡き母の花園がございます。この城に戻った時は、毎朝、花園を散策することを日課にしておりましたので、今朝もつい出向いてしまいました」

そう言い、ノアに頭を下げた。

「また、気になる本がありましたので、こちらに立ち寄らせていただきました。しかし、ここに来てよかった。陛下にお会いできるとは」

 ノアはその言葉に顔をしかめた。

「実は陛下にお願いがございまして、執務室にお伺いするところでした」

 ジュワンは顔を上げ、爽やかに笑いかけた。

「今日のフェスタに王妃様をお連れしたいので、許可を頂きたいのです」

「何だと?!」

 ノアはカッとなり、ジュワンを睨みつけた。やはり油断できない男だ。この男をさくらに近づけてしまった自分の不手際を悔やんだ。

「断る!」

 ノアはジュワンを睨みつけたまま、怒鳴るように答えた。ジュワンはノアの態度にまったく怯む様子もなく、

「どうしても無理でしょうか?」

と困ったような顔をした。

「さくらはただの王妃ではない!簡単に外に出すことは許されない!」

「しかし、せっかくのフェスタです。楽しんでいただきたいと思いませんか?」

「身の安全の方が最優先だ」

 一歩も引かないノアに、ジュワンは溜息をつくと、肩をすくめた。

「だからと言って、この素晴らしい日に、城に一人で閉じ込めておくのはあまりにもお気の毒です・・・」

「何も一人というわけではない!」

 ノアが、キッと言い返した時、図書室のドアが開いて、誰かが入ってきた。振り向くと、二人を見て固まっているさくらがいた。

「・・・」

 気まずそうに佇んでいるさくらを見て、咄嗟にノアは怒鳴った。

「今日は城から一歩も出るな!」

「ご自分は出かけられるのでしょう?どなたかと」

 透かさずジュワンが割って入った。意味ありげな言い方に、ノアは、もはや焼き殺さんばかりの激しい目でジュワンを睨みつけた。

 さくらは自分を落ち着かせるように一呼吸すると、軽くノアを睨んだ。そしてスッと顔を背けると、

「分かりました。私はお城から一歩も出ません。そちらはどうぞ勝手に楽しんできてください」

と素っ気なく答えた。

「では私も共に城で過ごしましょう。このような日に一人で過ごすなんて寂しい」

 気の毒そうにさくらを見て、ジュワンが言った。さくらは驚いて、

「とんでもない!せっかくお祭りを楽しみにしていらしたのでしょう?そんなの申し訳ないです!お気持ちだけで充分です。ありがとうございます」

と慌てて断った。自分とは打って変わって丁寧な態度のさくらを見て、ノアの怒りはますます大きくなった。

 ジュワンはにっこり笑って、何かを思いついたように手を叩いた。

「そう、先ほど陛下は、城でも一人と言うわけではないとおっしゃっていましたね。そのお役目、私がお引き受けしましょう」

 そう言うとノアに向き合った。

「陛下がフェスタをお楽しみの間、王妃が城から出ないようにしっかりと見張っていましょう。それなら問題ないでしょう?」

 ノアは言葉に詰まり、唇を噛みしめた。悪びれない様子のジュワンをただ睨むしかできなかった。そんなノアの事など気にもかけないように、ジュワンは一冊の本を手に取ると、さくらの横に並ぶように立ち、さくらの前でその本を広げて見せた。

「これが昨日お話ししていた花ですよ」

 さくらは躊躇した。目の前にノアがいる。昨日の件もあるし、流石に気になった。しかし、親切にしてくれるジュワンを邪険にすることもできない。仕方なく一緒に本を覗いた。その様子に、ノアは我慢がならなくなり、無言で図書室を出て行った。

 バタンッと乱暴に扉が閉まる音が、図書室に大きく響き渡った。




 午後、リリーと会う約束の時間が近づくと、ノアは質素な平民の服装に着替え、自分の箱庭から、第二の宮殿の庭園に出た。そしていつもの密会場所でリリーを待っていた。


 リリーと知り合ったのは、まさしくここだった。若くして国王になったばかりのノアが、仕事をサボり、木の上で居眠りをしていた時、父親の付き添いで宮殿を訪れていたリリーが、ふらりとやって来たのだった。

 物珍しそうに辺りを見渡しながら歩く彼女に目を止めた。そして自分が、箱庭と繋がる扉を開けっ放しだということ思い出した。リリーは箱庭の方へどんどん歩いていく。ノアは慌てて木から降りると、リリーの腕を掴んだ。驚いて振り向いたリリーの美しい顔にノアは息を呑んだ。ノアの一目惚れだった。


 二人はすぐに親しくなったが、第一王妃が決まるまでは、二人の仲を公にすることは禁じられた。当時のノアはそれが気に入らなかった。彼の中で、第一王妃はリリーと決めていたのだ。

 そんなノアをよそに、元老院では今回こそ『異世界の王妃』を迎えることに躍起になっていた。百年に一人と言われるほどの逸材である魔術師ダロスに元老院はすべてを賭けていた。

 慣れない仕事、自由にならない恋愛、別世界の人間で、どのような馬の骨かもわからない女を第一王妃にしなければいけないという不満から、若いノアは自暴自棄になっていった。


 ある日、気晴らしにイルハンを伴って狩りに出かけた。そして二日掛けて深い森を抜け、隣国—―と言ってもローランドの属国だが—―との境にある聖なる山にやって来た。ここには昔からドラゴンが住み着いている。

 イルハンは反対したがノアは構わず進んでいった。もちろんドラゴンを狩ることが目的ではなかった。ドラゴンは滅多に出会える生き物でもないし、魔術を操り危険だ。一方、邪悪な生き物でもある。もし見つけたらついでに退治してもいい。そんな程度に考えていた。


 気持ちが荒れているノアは、必要以上に動物を襲った。そしてどんどん奥に入り、いつの間にかドラゴンの巣まで来てしまい、ドラゴンの怒りを買ってしまったのだ。子供のドラゴンを見つけ、剣を振り下ろした時、親が飛んできた。そしてノアに向かい、口から青い光を放った。その光はノアの首元、両手両足に飛び移り、焼けるような痛みに叫び声を上げた。

 ドラゴンは口から火を吐きながら、ノアを睨みつけ、

『醜いと思っている姿になってみるがいい。そして我らがお前を殺す前に、仲間である人間に忌み嫌われて殺されるがいい』

 そう言い残すと、その場から飛び立った。

 青い光は徐々に金色の光に変わり、消えたかと思うと、太い金のリングに変わっていた。そして、次の瞬間、ノアは人ではなくなっていた。


 そんなことを思い出していると、リリーがやって来た。

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