<7> すれ違う思い
花園や庭園を散策しながら、二人でいろいろなことを話した。花園に咲いている花々について、ジュワンが治めている小国について、自分がいた頃のローランドの流行など、ジュワンはあまり小難しい話はせずに、身近で興味をそそられる様な話をしてくれるので、さくらは聞いていて、まったく飽きることがなかった。
(会話術に富んだ人だな)
さくらは感心しながら、ジュワンの話をうんうんと楽しく聞いていた。
「ところで、明日のフェスタですね。参加されるのでしょう?」
小休止に庭園のベンチに腰掛けた時、ジュワンがさくらに聞いてきた。さくらは首を横に振った。あれからノアと一度も会っていないので、自分がフェスタに行けるかどうかわからなかった。でもきっとノアが一緒であるから街へ行く許可が下りたのだ。そのノア本人に約束を反故されたのだから、多分行くことは叶わないだろう。一人でイルハンに警護をお願いしても断られるに決まっている。
「私、前回のお祭りで誘拐されたので、おそらく今回は難しいと思います・・・」
「それは大変でしたね・・・」
気の毒そうにジュワンが言うと、さくらは慌てて笑みを作り、
「夜には花火が上がるって聞いています。それはお城でも見られるようですから、一番よく見える場所を教えてもらって、一人で見るつもりです」
元気にそう答えた。しかしジュワンは相変わらず気の毒そうに、
「一人で?」
と聞いた。さくらは言葉に詰まった。
「陛下とはご一緒されないのですか?」
「・・・。陛下は恋人の方とご一緒されるとそうですから・・・」
さくらは言いづらそうに答えた。こんなこと話したくなかった。ジュワンの気遣う目線も辛い。思わず俯いてしまった。
「・・・陛下とは上手くいっていないのですか?」
その問いに、さくらはきゅっと両手のこぶしを握ると、黙ってしまった。ジュワンは小さく溜息をつくと、
「確かにリリー嬢は素晴らしい女性ですからね・・・」
呟くように言った。さくらは驚いてジュワンを見つめた。
「貴族ではないので、賛成しかねる者もいるようですが、陛下は以前から彼女に夢中でしたから。反対されるからこそ、燃え上がっているといいますか・・・」
真っ青になり唇が微かに震えているさくらに、まったく気が付かないかのようにジュワンは続けた。
「とは言え、第一王妃を放っておくのは感心しませんね」
呆れたように肩をすくめ、首を振ると、さくらを見た。さくらは慌てて顔を背けた。涙が浮かんできたのを見られたくなかったのだ。
「さくら様・・・?」
ジュワンはさくらの顔を覗き込もうとした。さくらは急いて目じりの涙を拭くと、無理やりにっこりと笑った。
「いいんですよ!所詮、私は陛下ご自身に選ばれて王妃になったわけではないのですから」
「・・・」
気の毒そうに自分を見つめるジュワンの目が痛かった。さくらは居たたまれなくなり、立ち上がると、
「そろそろ戻りましょうか」
と、できるだけ明るくジュワンに声を掛けた。ジュワンはさくらを見上げると、ふっと優しく笑って、
「私でよければ、フェスタにお付き合いいたしましょう」
と言いい、立ち上がった。
「え?」
さくらは目を丸めて、ジュワンを見つめた。
「一緒に城下へ出かけられるように交渉してみましょう。もし無理だったとしても、花火はご一緒しましょう。一人で見るなんて寂しいこと言わないでください」
ジュワンの優しさにさくらの胸は熱くなってきた。鼻の奥が痛くなって、また涙が出そうになった。
「お心遣い感謝します。本当にありがとうございます」
さくらはお辞儀をして、お礼を言った。おそらくジュワンが頼んでくれても外に出ることは無理だろう。さくらはそう思った。それに、もうフェスタには興味を削がれていた。と言うよりも、ノアとリリーという彼の恋人が楽しんでいると思うと、そんな場所には行きたくなかった。だが、自分のことを気にかけてくれたことが嬉しくて、ジュワンに心から感謝の気持ちを伝えた。
ノアはジュワンにさくらのことは伝えてなった。異母兄弟とは言え、身内なのだから『異世界の王妃』を迎えたことを伝えることは礼儀に叶う。だが逆に、異母兄弟とは言え、もはやローランドのを出ている者に、極秘である『異世界の王妃』の存在をわざわざ教える必要もない。ましてや、相手は属国とは言え、一国の王である。ノアは迷わず後者を選んでいた。何より人好きする兄をさくらに会わせたくなかった。
秘書を通し、ジュワンに第一の宮殿に立入るのは控えるように伝えたのは、食後であり、ジュワンがさくらを見かけた後だった。ジュワンにとってその忠告が、返ってさくらが『異世界の王妃』であるという疑惑を強めることになっていた。
翌日、第二の宮殿内にジュワンの姿がないことに、不安を覚えたノアは、急いで第一の宮殿に向かった。ノアの不安は的中した。仲良く庭園を散歩している二人を見つけたのだ。ジュワンは話術に長けている。楽しそうに笑って話を聞いているさくらを見て、ノアは激しい嫉妬に襲われた。
怒りに満ちた目で二人を睨みつけていると、その強い視線に、さくらが気付き、目が合った。さくらはスッと目を逸らした。その行為が、ノアの感情を逆なでした。
つかつかっと勢いよく近づいてくるノアに、ジュワンも気が付き、にこやかに挨拶した。そして、ノアの許しもなく、第一王妃と親交を深めたことを詫びた。
「しかし、気さくなお方ですね、さくら様は。私のような庶子にも、偏見なく接してくださるお優しい方だ。このような方が第一王妃とは、このローランドも安泰ですね」
ジュワンは、にっこり笑ってさくらを見た。さくらは分不相応の誉め言葉に、むずがゆい思いをしたが、ジュワンの笑みに、思わず微笑み返した。その微笑みが、ノアの理性を崩壊させるのは簡単だった。
ノアは、さくらの腕を掴み、自分の方へ強引に引き寄せた。
「用があるので、失礼する」
低い声で一言そう言うと、踵を返し、歩き出した。さくらは抵抗するが、力が強くて全く離れない。引きずられながらも後ろを振り向き、ジュワンにペコリと会釈をした。
突然のことに目を丸くしていたジュワンだが、引きずられるさくらに、
「また会いましょう」
と手を振った。さくらも手を振り返した。その態度にノアの怒りはさらに高まった。さくらを握る手に力がこもり、足も速くなる。さくらはほとんど小走り状態で、ノアに連れて行かれ、建物内に入ったところでやっと解放された。
ノアはさくらを放り投げるように手を離すと、
「どういうつもりだ」
とさくらを睨みつけた。さくらはノアの剣幕に一瞬怯んだが、スッと目をそらした。
「何のことですか?」
「とぼけるな!なぜ奴と一緒にいる?」
ノアはさくらの態度に腹が立ち、思わず声を荒げた。
「は?なぜ一緒にいてはいけないんです?あの方は陛下のお兄様でしょう?」
さくらも負けじと、反論した。
「兄と言っても腹違いだ!」
ノアは叫ぶように怒鳴った。
「だから何ですか?お兄様には変わりないでしょう?」
屈することなく、言い返すさくらを、ノアは壁まで追い込んだ。
バンっと音を立てて、さくらの顔横すれすれの壁に手を付いた。
「兄とは言え、王妃が国王以外の男と親しくするのは非常識だ!」
ノアはさくらに覆いかぶさるように、もう片方の手も壁に付けると、さくらを睨みつけた。さくらも負けてなかった。渾身の力を込めて、ノアを睨み返した。その時、ノアの黒い瞳が熱く揺れていることに気が付いた。さくらは思わずその瞳に吸い込まれてしまった。
気が付いたときにはノアに唇を奪われていた。必死に抵抗するも、しっかり両頬を押さえられ離してもらえない。ノアの胸をドンドン叩き、押し返そうとしても、逞しい胸はビクともしない。それどころか、片手を後頭部に、もう片方の手を腰に回され、ますます口づけが深くなっていく。割って入ってくる舌を必死に避けるが、あっさり捕まってしまう。むさぼるようなノアの激しい口づけに、さくらの理性は飛びそうになった。
さくらは残っている僅かな理性を奮い立たせると、ノアの向う脛を思いっきり蹴った。
「・・・っく!」
さくらは、ノアが一瞬怯んだ隙に、思いきり突き飛ばすと、彼の腕から逃れた。そして、キッと睨みつけると、
「最低!!」
と叫んだ。ノアは辛そうに顔を歪めた。それは足を蹴られた痛さを耐えている顔ではなかった。だが次の瞬間には、さくらを睨みつけ、
「俺はお前の夫だ!」
と言うと、もう一度さくらの腕を掴もうとした。さくらはそれを振り払うと、
「浮気するような夫なんて、私はいらない!」
さくらはそう叫ぶと、その場を走り去っていった。
ノアは、さくらを追うことができなかった。ガンっと壁を叩くと、その場で頭を抱えて、暫くその場に佇んでいた。
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