<8> さくらの能力
さくらが双子一緒に部屋に入ったときには、ドラゴンは既にベッドの下に身を隠していた。それに安心すると、さくらは双子を長椅子に座らせ、傷の状態を見た。目の下から頬にかけてくっきりと紫色のミミズ腫れができていた。そしてその周りは真っ赤に傷が腫れ上がっている。アンナの顔に少し手を触れただけで、彼女は悲鳴を上げた。
「酷い・・・!」
女の子の顔になんてことを!さくらは怒りで言葉が出てこなかった。とにかく手当てを急ごうと思い、浴室に飛び込んだ。そして清潔な手ぬぐいを温泉の湯に浸し、二人のもとに戻ってきたとき、部屋をノックする音がした。
「はい?」
さくらが返事をすると、扉が開き、数名の侍女たちがわらわらと入ってきた。かと思うと、全員一斉にさくらに深々と頭を下げた。さくらは驚いて手ぬぐいを握り締めたまま、棒立ちになって、彼女たちを見つめた。
一人の年配の侍女がスッと前に出で、
「私は侍女長のライラと申します」
と言い、改めてお辞儀をした。そして
「さくら様のお手当てのために、すぐに医師が参ります。またお食事も用意いたします」
と言うと、なにやら他の侍女たちに合図を送った。
一人の侍女がさくらに近寄ると、さくらをアンナとカンナの隣に座らせ、握っていた手ぬぐいを取り上ると、それをさくらの掌に当てた。残りの侍女たちは、部屋にワゴンを運び入れ、食卓を整え始めた。
「いやいや、私の傷は大したことないので、二人の手当てを優先にしてください」
さくらは、慌てて手を引っ込めようとした。だが、優しく抑えられ、
「すぐに医者が参ります。もちろんアンナとカンナの手当てもして頂きます」
「でも・・・」
さくらは困惑していると、一人の白衣を着た中年の男が飛び込んできた。
「ほら、参りました」
侍女はにっこり笑うと、さくらから手を放し、男のもとに向かった。男は走ってきたのか、ゼイゼイと肩で息をしている。
「イザベル様の扇が破られたと聞いたぞ!」
男は傍に来た侍女に食らいつくように尋ねた。そこへライラが近づき、
「先生、すぐにお手当てを」
と静かだが、威厳のある声で男に言った。医者は慌てて、白衣の襟を正し、さくらに向かって一礼をすると、すぐに傍にやってきた。そしてアンナとカンナの顔を見ると、顔をしかめた。
「これは酷い・・・」
しかし、医者は先にさくらの傷を診ようと手を取ろうとした。さくらは慌てて、両手を伸ばして、掌をブンブン振り、医者を制した。
「本当に、私は大したことないです!それより早く二人を診てください!」
医者は、自分の目の前に広げられたさくらの掌を見て、目を丸くした。
「本当だ・・・。ただのかすり傷だ・・・」
医者がそう呟くのを聞いて、さくらは前のめりになった。
「ね、そうでしょう!だからアンナとカンナを先にお願いします」
「分かりました。さくら様の優しいお言葉に甘えさせていただきましょう」
医者はそう言うと、道具を広げ、てきぱきと双子の手当てを始めた。一通り消毒したあと、薬箱から小瓶を取り出した。紫色の液体が入っており、うっすらと黄色い光を放っている、見るからに怪しげな液体だった。蓋を開けると瓶の口から黄色い煙がふわっと立ち上り、何とも言えない甘い香りが漂った。そしてそれを数滴、アンナの傷の上に垂らした。
「・・・っう・・」
薬が沁みるのか、アンナは顔を歪めた。しかし次の瞬間、みるみる腫れが引いていき、大きかったミミズ腫れも、細い引っ掻き傷程度にまで小さくなっていった。同じようにカンナにも数滴たらすと、彼女の傷もあっという間に小さくなった。医者は小さくなった傷に軟膏を塗ると、
「これでよし!」
と一息ついた。そしてさくらの方に振り向くと、さくらは口をあんぐり開け、目を丸くして双子を凝視していた。そんなさくらの様子を微笑ましく思い、思わず笑みになった。
「ささ、お次はさくら様。傷を拝見します」
さくらは我に返り、慌てて右手を差し出した。医者は鮮やかにあっという間に手当てを終えてしまった。
「それにしても、不思議です」
手当てを終えると、医者は首を傾げた。
「イザベル様の扇には魔術が仕込まれているのです。そのため、あの扇で叩かれると、この双子のように酷く醜く晴れ上がってしまいます。それなのに、さくら様はただのかすり傷で済むとは・・・」
「それだけではありません!さくら様はあの扇を引き裂いたのですよ!」
一人の侍女が興奮気味に叫んだ。顔は喜びで溢れている。
「そうそう!その後お踏みになっても、何ともなかったのですよ!」
横から別の侍女も口を出した。彼女たちはさくらの雄姿を褒め称えるように、ワイワイと賛同し始めた。しかし、その内容は、扇を「奪い取る」や「引きちぎる」、挙句の果ては「足で踏み潰す」など、到底褒められたものではない。さくらは、改めて自分の行動を言葉で聞くと、なんと酷いものかと、今更ながら恥ずかしくなってきた。
「穴があったら入りたいです・・・」
さくらは真っ赤になって俯いた。
「何をおっしゃるのです。さくら様は我々の救世主です!」
興奮気味の侍女がまたもや叫んだ。
「イザベル様の扇は、国王陛下が特別に作らせたものでございます」
ライラが、侍女を制するように前に出てきた。
「国王陛下が?」
「さようでございます。イザベル様は国王陛下の寵妃であらせられます」
やっぱりね~、とさくらは頷いた。
「あの扇は、少し叩いただけで相当な衝撃を受け、イザベル様が念じれば、口が利けなくなったり、目が悪くなったりと、ちょっとした魔術まで使えてしまいます。あの方はその扇をむやみにお使いになるため、恐れて誰も逆らえなかったのです」
「扇を取り上げようにも、イザベル様にしか触れることができない魔術が掛けられていたのですよ」
と医者が割り込んだ。
「それなのに、その扇に叩かれても、大した傷にならなかった上に、その扇に触れることが出来た。更に更に、壊すことまで出来るとは。恐らく、さくら様は魔術を回避する能力をお持ちなのかもしれませんな」
(それはないな・・・)
さくらは心の中で呟いた。もし魔術を避ける能力があれば、そもそも『異世界の王妃』選びの魔術になど掛からないはずだ。
「それにしても」
医者は首を振りながら、さらに続けた。
「扇が壊されたとなれば、もうこの薬はお役御免ですな。イザベル様の暴力で怪我をする使用人が多くて、知り合いの魔術師に無理言って作らせていたのですよ。イザベル様にバレないように内緒でね。これが高くってねぇ」
「あの~・・・」
医者の話が終わると、さくらはライラに向かって小さく手を挙げた。
「私の食事が減ったのって、あのイザベル様という人の命令ですよね?」
「・・・」
「国王陛下の寵妃ということは、王妃になろうという私への嫌がらせですよね?」
「・・・イザベル様は、ご自身が第一王妃になれると信じ切っておりましたので・・・」
ライラは申し訳なさそうに答えた。
「あ~、なるほど。ポッと出の私が気に入らないのは当然ですね。・・・それにしても、食事を与えないなんて、あまりにも幼稚というか・・・。いや!残酷です。私は囚人ではないのですから!」
話しているうちに、急に腹が立ってきたさくらは、つい語尾を強めた。
「申し訳ございません!」
ライラは深く頭を下げた。他の侍女たちも習って深々と頭を下げた。さくらは立ち上がると、
「皆さんが見ているだけだった中で、勇気を出して行動をしてくれた、アンナとカンナに感謝します。本当にどうもありがとう!」
侍女たちが自分に頭を下げている中、さくらはアンナとカンナに向かって頭を下げた。その行動に侍女たちは目を見張った。さくらはライラに振り返ると、にっこり笑って言った。
「侍女長様からもお二人を褒めて上げてくださいね!」
「もちろんでございます!」
さくらの笑みから、その場の緊張は解れた。侍女たちはさくらの雄姿の賛美大会から、今度は、アンナとカンナの双子の行動と勇気の賛美大会を始めた。
穏やかな空気はいいのだが、流石にずっと隠れているドラゴンのことが気になりだした。さくらはそろそろ食事がしたいと言い、賛美大会を何とか終わらせ、みんなを部屋から出すことに成功した。
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