<7> 光る扇
さくらはここにきて四日目を迎えていた。もう流石にアンナとカンナの区別もつくようになり、二人の距離も今までよりも縮まってきた。しかし・・・。
(お腹空いた・・・)
よく分からないが、昨日から急に食事の量が激減したのだ。今までは食べきれないほどの量が並んでいたのだが、突然に、初めてここで食事したような雑穀スープとパンとお茶だけになった。
さくらだけならその程度の量でも問題ないどころか、かえって調度よいくらいなのだか、今はドラゴンがいる。傷もすっかり癒えて、食欲も旺盛になっているので、これだけの量ではまったく足りなかった。アンナとカンナにお願いしても、悲しそうに困った顔をするだけで、食事の量は増やしてもらえなかった。
(自分で調達するしかないな・・・)
さくらは我慢に耐えかね、部屋を出て、調理場を探し出し、直接自分が貰ってくることを考えた。もちろん、部屋から出ることは禁じられている。それは、さくらがまだ正式な王妃ではなく、拉致した異国の姫君という立場だからだ。
さくらは部屋の扉に手を掛けた。ドラゴンがそれに気付き、傍まで飛んできた。そして、出ることは許さないと言わんばかりに、さくらのドレスの裾をくわえて引っ張った。
「大丈夫よ!少しくらい」
さくらは、ドラゴンを抱き上げ、頭を撫でた。
「すぐ戻るから、誰か来たら隠れてね」
そう言ってドラゴンを床に下ろすと、そっと開けて廊下を覗いた。
(あ!)
すると、廊下の奥からアンナとカンナがワゴンを押して、さくらの部屋に向かってきているところだった。そのワゴンにティーポットと果物らしいものが乗っているのが見える。
(なんだ~~、よかったぁ!)
さくらはホッとして、二人を見つめた。まだ食事の時間ではないのに、自分の訴えを聞き入れくれたのだ。さくらは、わざわざ用意してくれたことに感謝して、二人を待った。
しかし、よく見ると二人の様子はどこかおかしい。お茶が乗っているで丁寧に運ばなければこぼれるのに、ほぼ小走りでこちらに向かっている。途中、扉を開けてこちらを見ているさくらに気付き、さらに急いで向かってきた。
「何をしているの?あなた達」
と、突然、アンナとカンナの後ろから女性の声が聞こえた。
二人はピタッと立ち止まり、その声の主の方に振り向いた。そして、その主からさくらが見えないように、さりげなく立ち位置を変えた。さくらもそれに気が付き、慌てて扉を閉めた。だが、気になって仕方がないので、ほんの少しだけ扉を開き、顔を出さずに、外の様子に耳を傾けた。ドラゴンも一緒に耳を澄ませている。
「そのワゴンは何?」
女性の声が聞こえた。それにアンナとカンナは答えない。おそらく頭を下げてじっとしているのだろう。
「イザベル様の質問に答えないつもりか?」
今度は男の声が聞こえた。この声は聞き覚えがある。トムテだ。さくらは嫌な予感がして、しゃがんで、扉の隙間からそっと廊下を覗いた。
アンナとカンナのワゴンの前に、とても派手に着飾った女性が扇を顔に当てて立っていた。その女性が持っている扇は淡く白い光に包まれている様に見えた。その横には、案の定、トムテも並んで立っている。そしてその二人の後ろには、五、六人の侍女が控えていた。
「このワゴンのケーキやお茶をどこへ持っていくつもり?」
イザベルと呼ばれた女性は、ワゴンの上を畳んだ扇で指した。やはりその扇は白い光を放っている。
「まさか私の言いつけを破るつもりではないでしょうね?」
光る扇を掌でポンポンと叩きながら、意地悪そうに双子に近づいてきた。
アンナとカンナは頭を下げ、小刻みに震えながら、
「さくら様のところでございます・・・」
と消え入るような小さい声で答えた。次の瞬間、大きな音を立てて、ワゴンの上のケーキや果物などすべて、廊下へ払い落された。
「!!」
さくらはその光景にビックリして、声を上げそうになり、慌てて両手で口を押えた。
「あの女に余計な食事を与えるなと言ったはずよ!」
とイザベルは怒鳴ると、持っていた扇でアンナの顔を叩いた。アンナは悲鳴を上げると、両手で顔を押え、その場に蹲った。その様子に、イザベルは満足げな笑みを浮かべたと思うと、
「一人にだけ罰を与えるのは公平ではないわね」
次にカンナに向かって扇を振り上げた。
「止めて!」
さくらは堪らず、飛び出した。しかし、一瞬遅かった。振り下ろされた扇はカンナの頬を直撃し、カンナは後ろに倒れかけた。さくらは両手を伸ばし、何とかカンナを支え、倒れるのを阻止した。
「大丈夫!?」
さくらはゆっくりカンナを床に座らせ、顔を覗き込んだ。顔を覆っている両手の隙間から、頬に真っ赤なミミズ腫れのように膨れ上がった傷が見え、さくらは青くなった。そして、アンナの方にも声を掛け、顔を覗くと、同じように頬に真っ赤なミミズ腫れが見えた。
突然の見知らぬ女の出現に、イザベルは驚いたようだが、すぐにこの女がさくらと分かると、冷ややかな目で、さくらを見下ろした。
「これはこれは。貴女が異世界からの客人でいらっしゃいますの?」
意地悪そうに目を細め、広げた扇で顔を半分隠して、さくらを観察するように眺めた。そして、フンっと鼻を鳴らすと、
「品のない小娘だこと・・・」
とあざ笑うように、言い放った。
だが、さくらはその嫌味をまるっきり無視し、両脇に二人を抱えるように立ち上がると、
「大変!すぐに手当てしよう!早く部屋へ!」
と言い、イザベルとトムテの顔を見ようともせず、部屋に向かおうとした。
その態度にイザベルは言葉を失った。しかし、すぐに自分が無視されたと分かると、怒りで顔が熱くなるのを感じた。
「・・・!貴女・・・!一体私を誰だと思って・・・!!」
怒りのあまり唇が震え、上手く言葉にならないイザベルに対し、トムテが口を挟んだ。
「イザベル様、お怒りをお静め下さい。この女はとても育ちが悪いのです。食べ物を粗末に扱い、言葉使いも汚らしい。全くもって下品な女です。伯爵令嬢でいらっしゃるイザベル様が相手になさる価値なぞございません」
以前の仕打ちを根に持っているトムテは、ここぞとばかりにさくらを罵った。
「全くこのような女がわが国の第一王妃となるなんて、国のためとはいえ、なんと嘆かわしいことか!」
このトムテの大げさで演技がかった言い方に、さくらはカチンときて、振り返った。
「私が食べ物を粗末にして育ちが悪いなら、この女はどうなのよ?同じことしてるじゃない」
さくらは顎でイザベルを指し、トムテに言い返した。
この態度は、イザベルの怒りを爆発させた。生まれながらに身分の高い彼女が、見ず知らずの身分の低い女に、顎で指されるなんてあり得ないことだ。ましてや「この女」だと!未だかつて味わったことがないほどの屈辱に、怒りで体中がワナワナと震えた。そして、怪しい光を放つ扇を持つ手に力を込めると、つかつかと足音を鳴らし、さくらに近づいてきた。
(殴られる・・・!)
さくらは咄嗟に自分の顔の前で両手をクロスし、顔を守った。イザベルに振り下ろされた扇はクロスした右手の掌に当たった。
「痛っ・・・!」
さくらは右手を押え、ぐっと痛みに耐えた。そんなさくらのことをアンナとカンナは心配そうに両脇から支えた。
暴力を振るったことで、少し気持ちが落ち着いたイザベルは、フッと意地悪そうな笑みを浮かべ、さくらを睨みつけると、
「私に逆らわない方がよろしいことを、身をもって教えて差し上げました。今後お気をつけあそばせ」
そう言いい、踵を返した。そんなイザベルをトムテは拍手をして迎えた。
「素晴らしい。イザベル様」
トムテがもみ手をしながら、イザベルに近づき、もう用はないとばかりに、背中に手を添えて、この場から去ろうとした。しかし、
「ちょっと!待ちなさいよ!」
さくらの怒号が廊下中に響き渡った。
二人は振り返ると、今度はさくらが怒りで体をワナワナ震わせていた。そして、つかつかとイザベルの前に近づくと、彼女の鼻先に自分の傷ついた掌を広げた。
「流血してるんだけど!謝りなさいよ!」
あわや血液が自分の顔に付きそうなくらいに、さくらの手が迫り、鉄の嫌な臭いが鼻をついた。イザベルは驚いて、一歩下がった。
「あんたのせいで怪我したんだから、謝れって言ってんの!」
当然この言葉は、再びイザベルを激怒させた。自分のことを「あんた」と呼び、謝罪まで要求したさくらに対し、怒りが頂点に達した。イザベルはもう一度扇を振り上げた。
「!!」
振り下ろした瞬間、その扇はさくらに掴まれ、取り上げられた。さくらは、イザベルの目の前で乱暴に扇を広げたかと思うと、そのままの勢いに任せ、真っ二つに引き裂いた。
その行動にイザベルやトムテだけでなく、その場にいた全員が凍り付いた。しかし、怒り心頭なさくらは、そんなことに全く気付かず、裂けて二つになった扇をその場に叩きつた。
「なにが『私に逆らわない方がよろしい』よ!バッカじゃないの!?」
さくらは床に落ちた扇を更に足で踏みつけた。そして真っ青になっているイザベルに向かって、
「それこそこっちのセリフだわ!私が正式に第一王妃になった暁には、あんた達の方こそ覚えておきなさいよ!酷い仕打ちを受けたこと、国王陛下にチクってやるっ!」
そう怒鳴りつけた。イザベルは震え上がり、後ろに控えていた侍女たちに助けを求めたが、誰もイザベルに近寄ろうとしなかった。トムテさえ、固まって動かない。
周りの空気の変化にやっと気が付いたさくらは、一瞬戸惑った。だが、すぐにでもアンナとカンナの手当てをしたかったので、そこにいる侍女たちに、ワゴンの片づけを丁寧にお願いした。すると、侍女たちはしっかり返事をしたかと思うと、一斉に片付け作業に入った。その様子にさくらの目は点になってしまった。
一方、イザベルはその光景を見るとますます青くなり、トムテにしがみ付いた。そして一番リーダーらしき侍女を叫ぶように呼んだ。彼女だけは仕方なさそうにイザベルに近寄ると、寄り添って下がっていった。
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