<4> 「不注意」の傷

 しっかりと食事を取り終えると、お茶をすすりながら、今度はどう薬を手に入れるかを考え始めた。薬だけではない、出来たら包帯なども手に入れたい。でもいきなりそんなことを言って、理由もなく貰えるものだろうか?怪我人もいないのに不自然だ・・・。

(そうか、怪我人になればいいんだ!)

 さくらはポンと手を打った。簡単だ、自分が怪我をすればいい。軽く怪我をして塗り薬を貰おう。人の塗り薬がドラゴンに効くか分からないが、無いよりマシだ!

 

 さくらは、浅はかだが、単純で確実な方法だと自画自賛した。そして最初に目に入ったのは、豪華絢爛なベッドの支柱だった。この獅子の彫り物に「不注意」でぶつかれば、簡単に擦り傷はできそうだ。だが、実際に行動に起こすには、かなり勇気のいることだった。

(よし!)

 さくらは両手でピシャっと自分の頬を叩いて気合をいれると、左腕をまくり上げ、肌をあらわにした。そして、

―――ガンッ!!


 鈍い音がした。ベッドに何か叩きつけられた衝撃に驚いたドラゴンが顔を上げ、周りを見渡した。

「――痛っ~~・・・」

 左腕を抱えてしゃがみ込み、悶絶しているさくらに気が付き、驚いて傍に行こうとしたが、全身を手ぬぐい手覆われているため、簡単に身動きが取れない。ジタバタともがきながら、さくらに向かって奇声をあげた。

「!」

 それに気が付いたさくらは慌てて立ち上がり、ドラゴンのもとに駆け寄った。

「大人しくて!」

 ドラゴンをぎゅっと抱きしめると、

「ごめんね、驚かせちゃって。せっかく寝てたのに起こしちゃったね、ごめんね」

そう言い、ドラゴンの額にチュッとキスをした。

 途端に、ドラゴンの動きがピタッと止まった。さくらはドラゴンの頭を優しくなでて、乱れた手ぬぐいを丁寧に直し、さらにベッドの布団の中にドラゴンを隠した。

「大人しくしててね」

 さくらはドラゴンに向かって、口元に人差し指を立てて囁くと、ベッドから離れ、アンナとカンナを呼ぶための呼び鈴の紐を力いっぱい引っ張った。


 暫くすると、二人はやってきた。テーブルの片づけを終えた二人に、さくらは食事の礼を言った。そして、

「ところで、さっき、ちょっとぶつけちゃって、怪我をしてしまったんです」

と、さっそく流血している腕を見せた。二人は、それを見ると、悲鳴を上げて真っ青になり、

「す、す、すぐにお医者様を!」

と、慌てて出ていこうした。

(まずい!)

 医者は余計だ!今度はさくらの方が慌てた。無理やり二人を引き留めると、

「大したことはないの!お薬と包帯だけもらえれば、自分で手当てします!」

と言ったが、さくら様ご自身にそのようなことはさせられないと、二人は納得しなかった。

「じゃあ、お二人が手当てしてください!お医者様は嫌なの!」

 さくらは必死で食らいついた。二人は困惑したが、こう言い合っている間にも、さくらの傷から、血が滴り落ちているのを見て、

「では、すぐにお手当てを!」

と言って部屋を飛び出していった。

(焦った・・・)

 さくらは、ホーっと息を吐いた。そして改めて自分の腕を見ると、かなりの出血に驚いた。やり過ぎたと後悔したが、もう遅い。とりあえず、腕を心臓より上にして、二人が戻ってくるのを待った。

 二人はすぐに薬箱を抱えて戻ってきて、さくらの手当てを始めた。食事の支度同様、慣れない様子で、なかなか時間がかかる。一刻でも早く薬が欲しいさくらは、二人の手際の悪さに苛立ちを感じながらも、平静を装い、自分の手当てが終わるのを辛抱強く待った。


 やっと終わると、さくらは心から礼を言った。時間はかかったものの、丁寧に処置をしてくれたことに対して、素直にありがたいと思った。それに、二人の人柄の良さが伝わってきたからだ。

 そして、片づけを始めている彼女たちに、一番肝心なことを伝えた。

「今のお薬と、その残りの包帯をもらえませんか? 明日から自分でやりますので」

 さくらがそう言うと、二人は顔を見合わせ、困惑した表情をさくらに向けた。当然そういう反応をするだろうと予想はついていた。だが、ここで引き下がる訳にはいかないのだ。ここで負けたら、何のために自らを傷つけたのか分からない。ただのアホじゃないか!

「もともと、手当て得意なんです。ね、いいでしょう?」

 自分でも強引だと思いつつ、薬箱に手を伸ばした。するとアンナ(もしくはカンナ)が慌てて、それを制し、

「さくら様にそのようなことは・・・。お医者様がお嫌でしたら、私共が毎日お手当ていたしますので・・・」

と、本当に困ったように、そっと、さくらから薬箱を遠ざけた。その動作がさくらをイラっとさせた。

「でも、私寝相が悪いのよ。寝ている間に包帯がとれちゃうかもしれないし」

「その時は、お呼びいただければすぐに参ります」

「でも、真夜中かもしれないし・・・」

「真夜中でも構いません」

 なかなか引き下がらない二人に、さくらのイライラは頂点に達した。ただでさえ時間が惜しいのだ。早くドラゴンの手当てがしたい。

「いいから、とにかく置いてってよ!!」

 とうとう声を荒げてしまった。そのさくらの豹変に、二人は震え上がった。先ほどのトムテに対するさくらの暴挙を目の当たりにしているので、二人は真っ青になり、固まってしまった。

(しまった!)

 その様子を見てさくらは慌てた。そしてすぐに怒鳴ったことを詫び、もう一度、丁寧に頼み込んだ。

「お願いします!」

 今度は王妃になろうという女性に頭を下げられ、若い二人の侍女はすっかり混乱してしまった。このさくらという女性が、一体恐ろしい人なのか、優しい人なのかまったく分からなくなったのだ。ただ、ここまで懇願されては、もう薬箱を渡す以外に選択の余地がない。

「ありがとう!」

 さくらは、薬箱を受け取ると、満面の笑みで礼を言った。そして今日はもう休むので、下がるようにお願いした。侍女たちはさくらの着替えを手伝おうとしたが、さくらはそれを笑顔で断った。二人はこれ以上さくらの機嫌を損ねないうちに、いそいそと部屋を退出していった。


 二人が部屋から出ていくと、さくらはベッドに飛んでいった。そして、隠していたドラゴンを抱きかかえると、もう一度、浴室で優しく体を拭いてから、傷口に薬を塗りこんでいった。

 薬を塗りこむ度に、痛みでドラゴンの顔がゆがんだ。さくらはその様子に胸が痛んだ。

「ごめんね、痛いよね・・・。私のせいで、ごめんね・・・」

 さくらは少しでも痛みが和らぐように、傷口にふぅふぅと優しく息を吹きかけながら、薬を塗りこんでいった。手当てが終わると、また丁寧に手ぬぐいで包み、同じベッドで一緒に眠った。

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