<3> 小さくなった勇者
体中の水分が涙として流れ出たと思うほど、泣きに泣いた後、さくらはよろよろと立ち上がり、ベッドに向かった。てっきり部屋にはもう一人きりだと思っていたが、アンナとカンナが手を取り合いながら、部屋の隅で、おどおどした様子で立ち尽くしていた。
「酷いところを見せました・・・。驚きましたよね・・・。ごめんなさい・・・」
さくらは二人に頭を下げて、自分の醜態を詫びた。泣き過ぎて掠れた声しかでなかったが、なんとか絞り出した。
アンナとカンナはそろってブンブンと首を横に振り、さくらの元に駆け寄よって、ベッドに入るのを手伝ってくれた。
「今、温かいお茶を淹れ直してまいります」
と、二人のうちどちらかがそう言うと部屋を出ていき、残った一人が散らかった床を片付け始めた。
「ごめんなさい・・・」
さくらは、床を片付けているアンナもしくはカンナに、再び謝った。アンナ(もしくはカンナ)は驚いたように顔を上げ、またブンブンと首を振った。床が綺麗に片付いたころに、もう一人―――アンナだかカンナだか―――がティーセットを持ってきた。
「ありがとうございます」
さくらは丁寧にお礼を言うと、二人はまた目を丸くして、慌てて頭を下げた。恐らく、目上の者から礼を言われることや、謝罪されることに慣れていないのだろう。困惑した表情の中にも嬉しさが混じっているように見えた。
さくらはお茶を一口だけ口にすると、一人になりたいと言って、二人には部屋を出て行ってもらった。
気が付くと、もう日が傾いていた。いつの間にか眠っていたようだ。薄暗い部屋の中で、さくらはベッドから起きずに、仰向けのまま呆けていた。
(どうなるんだろう、これから・・・)
まだこれからの先の自分の身を案じることさえ、億劫に感じ、ベッドの天井をぼーっと眺めながら、ぼんやりとそう思った。すると、ドアをノックする音が聞こえた。
「はい」
さくらはベッドから起きずに、返事だけした。
「お食事をお持ちしました」
そう声がすると、アンナとカンナがワゴンを押しながら部屋に入ってきた。
二人は相変わらず不慣れな手つきで、部屋を明るくし、食事の用意を整えた。不慣れながらも、一生懸命仕事をする様子に、さくらは心が少し穏やかになる感じがした。だが、いざ食事が並ぶと、これでもかと思うほどの量で、さくらは目をむいた。
(いやいや、こんなに食べれませんって・・・)
と、思わず突っ込みたかったが、一仕事終えて、ちょっと得意げな顔になっている二人に、とても言える雰囲気ではなく、
「ありがとうございます。いただきます」
と礼を言って、食卓に着いた。二人はその場に居続けるつもりのようだったが、さくらは丁寧にお断りして、何とか二人に下がってもらった。
一人でゆっくり食事をしていると、コツコツと何かを叩く音が聞こえた。
「??」
さくらは、食事をやめ、周りを見渡した。部屋の中はシーンと静まり返り、何も聞こえない。
「気のせいか・・・」
気を取り直し、スプーンを口に運ぼうとしたとき、
―――コツコツコツ
「!」
ギョッとして、スプーンを下すと、椅子から立ち上がり、部屋中を見回した。
―――コツコツコツ
「何!?」
さくらは足元から頭のてっぺんに向かって恐怖が電流のように駆け巡り、その場で固まってしまった。
―――コツコツコツ
また聞こえた!窓からだ。さくらは恐る恐る音が聞こえた窓辺に目を向けた。すると、窓越しに鳥のような影が見えた。
「鳥?」
鳩にしては大きい。鶏だろうか?だが、鶏がこの高さまで来るのは無理だ。よく確かめてはいないが、眺めからして、この部屋がある程度の高層階であることは分かっていた。では鷹か鷲か?どうやらそれがくちばしで窓を叩いているようだ。
―――コツコツコツ
その鳥は執拗に窓を叩いてくる。よっぽど中に入りたいようだ。だが文鳥くらいの鳥なら平気だが、猛禽類は流石に怖い。さくらは躊躇したが、とりあえず窓辺に近づいた。
近づいてみると、鳥とはちょっと違うシルエットに気が付いた。鳥より首が長い。それに顔もくちばしがないようだ。その生き物は前足で窓を叩いている。
さくらは自分の心臓の音がどんどん早くなるのが分かった。記憶のあるシルエットだ!さくらが窓のそば駆け寄るとその生き物は翼を広げてみせた。その翼は鳥のそれとはまったく違う。さくらは急いで窓を開けた。
「ドラゴン!」
そう叫ぶと、両手を広げた。ドラゴンはその腕に崩れるように倒れ込んできた。
「え!?」
さくらは慌てでドラゴンを抱きかかえた。よく見ると体中傷だらけだった。さくらはドラゴンが小型犬ほどの大きさになってしまっていることより、血だらけで、息も絶え絶えな状態の事の方が衝撃だった。
(どうしよう!)
さくらはドラゴンを抱えると、部屋を見渡した。部屋の中の一つの扉に目に入った。
(多分、あそこは浴室だ!)
さくらはその扉を開けた。思った通り、そこは立派な浴室だった。壁には黄金の獅子の顔が彫られ、そこからお湯が常に浴槽に流れ込み、溢れ出ている状態だった。
さくらは急いでドラゴンを床に下ろすと、浴室に備えてある手ぬぐいを湯舟にぬらした。そして軽く絞り、ドラゴンの体を優しく拭き始めた。まずは傷口を清潔にしないといけないと思ったのだ。ドラゴンは湯が沁みるのか、瞳をぎゅっと閉じたまま、喉の奥から微かにうめき声を上げた。
「ごめんね、ごめんね。沁みるよね、痛いよね。少し我慢してね」
優しくドラゴンの傷を拭いながら、さくらは涙が溢れてきた。あの弾には魔術が掛けられていた。体がこんなにも小さくなってしまったのはその魔術のせいだろう。それにしても、こんなに分厚く固い皮膚が裂けるなんて、あの大砲の衝撃をどれだけのものだったのだろう。
ドラゴンの首元を見ると、金の立派な首輪にまで大きく亀裂が入っている。小さくなった前足を見ると、同じく金の腕輪はボロボロで、大きく亀裂が入っていた。さくらは他の足も見てみた。すると、右後ろ脚の腕輪だけは細くヒビが入っているだけだが、あとの二つもひどい状態だった。
この亀裂がドラゴンの皮膚をさらに傷つけそうで、気になったさくらは、首輪の亀裂に力を入れてみた。すると案外あっさりと、パキッと音を立てて折れ、外れてしまった。
(足のリングも取っちゃおう)
さくらは右後ろ足以外の腕輪を折って外してしまった。そして、くっきりと跡が残っている足首を丁寧に拭いた。ドラゴンは少し驚いたように目を開けたが、またすっと目を閉じ、黙って体を拭かれていた。
体を拭き終わると、清潔な手ぬぐいでドラゴンを包んだ。呼吸もさっきよりずっと落ち着いてきたようだ。さくらはドラゴンを抱きかかえると、テーブルに戻り、自分の飲みかけのスープを与えてみることにした。スプーンでゆっくりドラゴンの口に運んでみる。するとドラゴンは小さく口を開け、ゆっくりそれを飲みだした。
(よかった!少しでも食べられれば!)
さくらは丁寧にドラゴンの口にスープを含ませた。口からこぼれても、親指で優しく拭い、ドラゴンが咽ないように細心の注意を払いながら、スープを飲ませた。
ある程度食べると、もう満足したのか、さくらの腕に頭をのせて、目を閉じてしまった。さくらがのぞき込むと、規則正しい寝息が聞こえた。さくらはホッと胸をなでおろすと、ドラゴンを優しく抱きしめた。抱きしめたその腕からは、ドラゴンが呼吸する度に肺が動くのを感じた。顔を近づけると、ドラゴンの鼻から息が漏れるのを感じる。
「ああ、生きてる・・・!」
さくらはまた目頭が熱くなった。だが、今度は悲しい涙ではなかった。あんなに大きく頼もしかったドラゴンが、こんなにも小さくなって、傷ついてしまっているが、今は悲しみよりも、喜びの方が大きかった。自分のせいでこんなに酷い目に合わせてしまったことを申し訳なく思いながらも、この腕の中で生きていることが本当に嬉しかった。
さくらは安堵したせいか、急に空腹を覚えた。その途端、グーっと自分の腹が鳴った。その音にドラゴンの耳が一瞬ピクッと反応して、さくらは焦った。ちらっとドラゴンを見ると、それ以上は動かず、寝息だけが聞こえた。
(よかった、寝てる)
自分の腹の音で起こすのはまずいと、さくらはドラゴンをそっとベッドに下ろし、自分も食事を取り始めた。さっきはトムテに中断されて、空腹だったのにまともに食べていなかったことを思い出し、食欲が増すのを感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます